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映画「シン・ゴジラ」を観た!(ブラックウッド)

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 ちょっとだけ、観た直後に書き飛ばした駄文をご紹介。

*****

 ベタ甘な「人情劇」もどきを一切排し、ただひたすら「ゴジラが現実に現れたらどうなるのか?」をシミュレート“だけ”したような映画である。
 と言うか、もはや「映画」であるかどうかも疑わしい。

 まるで役所と自衛隊のシミュレーション再現ドラマだ。
 そこにオタク趣味丸出しの「極太明朝風テロップ」を叩きつける様に連発し、登場人物たちはそろいもそろって必要最小限のことしか言わない。

 しかし!しかしだ。
 とにかくストレスが溜まらない映画だ。

 確かに目の前でゴジラ第二形態がバリバリと街を破壊して川を遡行しているのに、「担当する役所」を決める会議をやってたりする。

 だが、恐らく現実にゴジラが現れたならばこうなるだろう。

 首相もまた、「一旦逃げてください」と言われて「リーダーが逃げ出す訳にはいかない」としおらしいところも見せつつ、説得されて「それなら」と腰を上げたりして素晴らしい。

 「在来線爆弾」とか、いざ爆撃が始まってからの兵器ディティールとかもう最高すぎ。

 爆炎を身にまといながら「あんぎゃー!」と鳴くゴジラの絵!

 …これが見たかったんだこれが。

 登場人物たちも、特に綾波(+リツコ+マヤちゃん)ポジションと言われる「尾頭ヒロミ」(漢字+カタカナってのもエヴァっぽい)なんてオタクの妄想の具現化みたいだ。

 従来の映画業界の生み出す「相変わらず」のコンテンツへの完全なるアンチテーゼ。

 確かに凄いんだけど、凄すぎて心配になるレベル。

 下手に続編なんぞ作らないでほしいなあ。

*****

 …ってなことを公開直後に誰に読ませるでもなく書き飛ばした。

 基本的なスタンスは変わってないんだけどその後思いついたこともあったので。

 80億円も稼ぎ出したってのは、15億円程度のレベルに留まっていた「それまでのゴジラ映画」(ファイナル何とかとかあの辺)に比べれば遥かに大衆受けしたってことでしょう。

 一応、ゴジラ映画としては過去最大の興行収益なんだって。ま、物価も違うしね。

 この後東宝は「アイアムアヒーロー」とか何と言っても「君の名は。」を大ヒットさせる邦画の当たり年になっちゃって、「その中の一本」になってしまった。
 「君の名は。」が無ければこの年最大のヒットだったんだろうなあ。

 やっぱり色んな意味で「新世紀エヴァンゲリオン」に似ていると思う。

 単にBGMをそのまんま使ってるとかそういうことじゃない。BGMを使ってるってことだけだったら「踊る大捜査線」にまんま使われている例が既に90年代にあった。
 これは時代が下って、特に使われたのが「エヴァ」ってことで多くの人の記憶に残ってるだけで、それこそ70~80年代とかもっと気軽に他から流用したBGM使ってたドラマとか多かったんじゃないかと勝手に推測。

(というか、テレビのバラエティとかはBGMを新作するような予算もないのかしょっちゅうアニメやゲームのサントラを使う。「筋肉番付」はしょっちゅう「エスカフローネ」を使ってたし、ニュース番組でオウム真理教と熊本の地元住民との小競り合いのBGMにゲーム「アフターバーナー」の勇壮なメインテーマ被せるくらいのことは普通にやってた。流石にこの頃は普通のニュースにBGM被せる演出みたいな不謹慎なことはなくなってきてるけど)

 そうじゃなくて、「こんな感じの場面が見たいなあ」というオタクの妄想の具現化が2時間続く「映像集」という趣なんだなこれが。

 似た様な評は方々に溢れてるだろうけど、もっとニッチな意味で言ってる。

 「エヴァ」の第一話で「使徒」に散々砲撃を浴びせながら全く効かないでそれっぽい用語を怒鳴る自衛隊指揮官たち…とかとやってることは基本一緒。

 別にこれは悪い意味じゃない。

 ないんだけど、基本的に庵野監督って「具現化したい場面」とか「こだわりたいシチュエーション」とかはあっても「訴えたいメッセージ」とか無いんじゃないかと。
 だから「東日本大震災以来の…」みたいな、無理にメッセージ性を読み取ろうとする評論は「ひいきの引き倒し」だと思う。
 まあ、けなされるよりはずっといいけど。

 まあ、今さら映画で「友情とは素晴らしい」とか「夢をあきらめるな」とか言われてもそうやって映画の中で目をキラキラさせてた奴が現実には不倫淫行事件起こしてたりすると「何なのか」って気になるんだよなあ。
 どうせ信じてないんなら映画の中でそういう白々しい事言わないで欲しい。「シン・ゴジラ」みたいに割り切って欲しいんだけど…言っちゃうんでしょ?どうせ。

 最初に観た時の感想は「ステーキに振りかけてあるコショウをかじってるみたいな映画だな」というものだった。

 ある意味「一番味がして美味しい」のは「ステーキそのもの」よりも上のコショウだったりする。

 いや、「たまご掛けごはんのしょうゆを飲んでるみたいな映画」というか。

 要するに「一番美味しいところ」だけ濃厚に味あわせてくれる映画ってこと。


 普通の常識がある大人だったらこんな映画作らない(超大絶賛)。

 だから、こんなの見たことが無い大衆は驚き、「そういう映画を観たい!」と思っていたオタクが熱狂したわけだ。

 目の前で起こる未曾有の事態に、眉一つ動かさず訥々(とつとつ)とムチャクチャな早口で「いや、既に自重を支えていると思われます」とか言っちゃう尾頭さん…とかね。

 多分、これまでのゴジラ映画だったら、毎度お馴染みゴジラの登場シーンにお約束で驚く登場人物たちとか、主要登場人物の家族の情景とかでダラダラダラダラダラダラダラダラやってたと思う。

 オタクはそういうの見る度に、「ここでクールな美女が冷静な分析をして見せるアニメみたいな場面とかあったらなあ…でも、そういうのって見られないんだよなあ…」と、自分の脳内の働きの生理の数倍から十数倍はスローに展開する「退屈」な画面を2時間眺める苦行を強いられていたわけだ。
 「この映画の中の政府は何をしてんだよ」「バカなのか?」

 その結果が「15億円」ってことだったと思う。

 巨額には違いないけど、毎年公開される「ドラえもん」とか「名探偵コナン」とかにも普通に負けてる。ちなみに「アイドルマスター」とか「ラブライブ」とか「ガールズ&パンツァ―」とかの「深夜発のカルトアニメ」は「社会現象」ってことにアニメファンの間でなってても大体これくらいの売り上げ。丸一年掛けたロングセラーとかでも累計でこれくらい。

 で、「徹底的に考えて」みた結果が「80億円」だったわけだ。

 「怪獣が現れたら自衛隊が動く法的根拠は?」とか「あんなでかい身体を動かしてるエネルギーってどんなんだ?」とか。

 まあ、この辺は「リアルならいい」ってことじゃなくて、「怪獣あるあるの飲み屋の与太話」を映画にしたってところ。だって「シン・ゴジラ」にしたって「それはいいっこなしよ」要素だってあるんでね。
 どの辺を「リアルってことにする」かの線引きは製作者のさじ加減ひとつなんだから。

 ただ、創造主(クリエイター)たる庵野監督はオタクなので、その辺りの「感覚」はかなり現役のオタクとも波長が一致する。

 観ている間「こんなにも『観たかった場面』ばかり延々続いて…幸せすぎておかしくなりそうだ…」と思ってた。

 「無人在来線爆弾」とか、割と冗談でなくその「言葉の響き」だけでアレが勃ちかねない。ホントなんだって!


 …ただ、終盤に突入する頃には流石に「しょうゆばかりゴクゴク飲むのもいいけど、やっぱりたまごとかごはんも欲しいな…」と思い始めていたのも事実。

 それこそそれが「人間ドラマ」とかなのかどうかは分からない。ただ、「人間ドラマ」イコール「かったるいもの」「いらんもの」「駄目なもの」では決して無いからね?

 かったるいのは「駄目な人間ドラマ」なのであって、「いい人間ドラマ」はちゃんと盛り上がるし面白い。当たり前の話。

 ただ、「人間ドラマ」が映画なるものに齎(もたら)す悪い影響が余りにも甚大だったので、その被害を避けるために「人間ドラマ」そのものを一旦全部とっぱらう…のは賢明な判断だったと思う。

 だから、もしも続編を作ったり同じスタッフで別の怪獣映画を作ったりするんだったら、今度はいい意味でもう少し「普通の映画」に近づけてもいいのかな?…とは思った。

 私も普段は「下らん人間ドラマなんぞクソくらえ!」と思ってる方。

 ただ、ワガママ言って「自分の見たい場面」ばかり見続けていたら「…やっぱり普通のも見たいです」と思ったというか。

 子供が「ごはんよりもお菓子の方がいい!」とお菓子ばっかり食べてお腹いっぱいになることばかり飽きるまで延々繰り返していたらその内「…ごはん食べたい」と言い出したみたいな感じ。

 これが「二部作」とかだったら絶対に駄目。多分製作者側はやりたいことの半分も出来てないと思う。2時間しかないし、一応決着を付けないといけないから。でもそれが良かった。

 要するに「前半だけで終わったエヴァンゲリオン」なんだよね。

 エヴァで娯楽性が担保されてるのって何だかんだで前半だけなんだから、「面白い状態のまま終わったエヴァンゲリオン」たる「シン・ゴジラ」がつまんないわけがない。

 「二部作」とかにしたら「やりたいこと全部やる」破目になって「新劇場版ヱヴァンゲリヲン」になるよ。本当に。10年経っても終わらないなんて誰が想像したか。


 とにもかくにも唯一無二の映画体験でした。ごちそうさまでした。

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