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劇場版 魔法少女まどか☆マギカ[新編]叛逆の物語 の今更ながらの感想と考察(超長編)(ブラックウッド)

劇場版 魔法少女まどか☆マギカ [新編]叛逆の物語 公式ガイドブック only you. (まんがタイムKRコミックス フォワードシリーズ)

はじめに

 以下の文章は平成25(2013)年10月26日(土)に公開された「劇場版 魔法少女まどか☆マギカ[新編]叛逆の物語」を観た直後に勢いで書き飛ばして、今の今までPCの中で眠っていた文章です。

 発表のあてもなくストレス発散よろしく文章を書き飛ばす習性があるのですが、そんなものです。そんなもんなのに一応読者を想定して書いてるあたり何が何やらという感じですね。インターネット万歳。

 情報として少々古いところもありますが発表させていただきます。

 長いです。物凄く長いです。読むのが遅い方だと1時間で終わらないと思います。

 しかし、内容にはそれなりに自信があるのでどうぞお楽しみください。

*****

 平成25(2013)年10月26日(土)に遂にアニメ「魔法少女まどか☆マギカ」の新作エピソードとなる「叛逆の物語」が公開されました。

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 色々と語りたいことがありますのでここで一席。
 インターネットがオタクの言論空間として存在意義を持ち始めて長くなり、アニメの評論を探すのに気まぐれで刊行された文芸誌のアニメ特集だのを待ったり、コミックマーケット3日目の「評論」ブースを巡る必要もなくなりました。

 ただ、掲示板の感想をまとめたものや、ブログなどで大半がストーリー紹介に割かれた「短文よりは長く長文よりは短い」文章などはヒットしますが、ねちっこいオタクがグダグダと長文を認めたものは案外ありません。

 筆者風情がその任を担えるとは思いませんけど、SFファンの戯言(ざれごと)としてお目を汚させていただければ幸いです。

 まず、筆者についてですが、80年代に物心つき、「新世紀エヴァンゲリオン」の映画公開時には二十歳になっていた「オタク第二世代」です。

【映画パンフレット】 『新世紀エヴァンゲリオン劇場版 シト新生』 監督:庵野秀明.出演(声):緒方恵美.林原めぐみ.宮村優子

 この頃のアニメとの付き合いですが、社会人となったこともあって熱心に視聴しているアニメはシーズンに1~2本というところ。恐らく販促アニメを熱心に見ている子供たちの方が筆者よりもずっとアニメ視聴実績は上でしょう。オタク諸氏については比較するまでもない「アニメ弱者」です。

 「涼宮ハルヒの憂鬱」は

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アニメ化前に原作を読んではいたものの、インターネットにおける動画配信の開始時期だったことや田舎者だったこともあって本放送のブームには乗れず、「消失」公開直前に初めて観たという体たらく。

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 筆者の周囲のアニメファンたるや、インターネットを通して観ることが出来る話題作は一通り押さえ、のみならず様々なテクニックを駆使して田舎にいながらにしてテレビ東京でのアニメ本放送すら的確に捉え、「仮面ライダー」などの特撮は勿論のこと「プリキュア」に代表される幼女向けアニメもパーフェクトに視聴する様なのがゴロゴロいます。
 そういったオタクたちに比べれば筆者など全くお話にならないでしょう。

 忙しいということもありますが、それでいて海外ドラマの「CSI:科学捜査班」シリーズ、「クリミナル・マインド」「ロー&オーダー」シリーズ、「バーン・ノーティス」、「24-Twenty Four-」シリーズなどは大好きで良く見ていたりしますので、純粋にアニメに拘泥しなくなったと言うところでしょうか。

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 「魔法少女まどか☆マギカ」の本放送時のフィーバーは普段アニメは殆(ほとん)ど観ない隠居オタクの筆者の耳にも評判がとどろいていました。

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 ただ、「そんなの絶対おかしいよ」「僕と契約して魔法少女になってよ」「わけがわからないよ」といった「流行台詞」こそやけに目にするものの、アニメ本編は全く観ていませんでした。

 実は第一話のみは今現在も無料配信されていることもあって、観ていたのですがそれ以降は課金が必要なこともあって放置していたのです。

 ところが、総集編ではない映画が公開されるということでこの機会にテレビシリーズをレンタルDVDで一気に視聴しました。実質3日で全12話を駆け抜けさせていただきました。

 一気に観てしまうのと、惜しいところで引っ張られつつ3か月つき合わされ、のみならず毎週毎週熱気に溢れた考察だの感想語り合いとセットで体験したものとでは全く同じ「視聴」でも意味が無いことはほかならぬ筆者がよくわかっております。
 ただ、今更本放送の熱気を追体験することも適いませんので、仕方が無いでしょう。

 そして公開と同時に映画まで視聴して参りました。そんな感じのスタンスです。



 ここから感想と考察に入ります。
 まずはテレビシリーズから。

 まず第一に、全体を覆う“禍々(まがまが)しい”雰囲気に圧倒されました。

 劇団イヌカレーさんのデザインによる「魔女」周辺の画面構成はこのアニメのみと言っていいほどの独特の雰囲気です。
 何と言っても梶浦由紀さんによるド迫力の劇伴!

 やっぱり壮大な雰囲気を感じさせるBGMというのはそれだけでアニメ本編の格調を何倍にも引き上げますね!

 そして「魔法少女」を謳っており、幼女アニメかの様な可愛らしいキャラクターデザインながら次々に壮絶な死を遂げるいたいけな少女たち…というギャップ…まあこれも散々言い尽くされたことではありますが…ですね。

 毎回毎回、衝撃と共になだれ込むエンディングテーマには半ば放心状態となったファンも多数でしょう。

*本当はTVサイズのエンディングの方がいいんですが、仕方ないのでエンディングテーマのPV貼ります。



 これも良く指摘されますが、小説や漫画などの「原作」を持たないオリジナルアニメであるため、翌週の展開が分からず、それも興味の持続に貢献したとか。

 後述しますがラストこそ若干の違和感はあったものの、概(おおむ)ね満足しました。
 「涼宮ハルヒの憂鬱」を仮に「アニメ第四の波」と称するのならば「魔法少女まどか☆マギカ」は「アニメ第五の波」と呼べる…とまでは言いませんが、カルト人気を誇るのも納得の力作だと思います。

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*一応書いておきますが、劇場版含めてネタバレ全開ですので、本編を観ていない人はここでお引き取り下さい。*


 風のうわさではキュゥベエが語る「エントロピー」云々と言う話に「突如SFが始まった」と戸惑う向きも多かったそうです。

 当然、これだけの意欲作で行われるべきは「魔法少女」ものの再解釈でしょう。

 現在の「魔法少女」路線というのは「大人の女性に変身してトラブル解決」式のそれと「戦隊もの」要素を組み合わせたものとなっていると考えていいでしょう。

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 これは構成からして明らかに「戦隊もの」を意識した「美少女戦士セーラームーン」

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あたりから顕著になってきた傾向で、その遺伝子を「プリキュア」シリーズが受け継いでいます。

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 これだけ存在するということは、「ならば決定版を!」という試みは当然なされるでしょう。

 アニメ「新世紀エヴァンゲリオン」が「巨大ロボットアニメ」の総決算を試みたであろうことは観れば誰にでも分かります。
 「人間同士が戦う」リアルロボット路線は、登場した直後は目新しくてもすぐに「政治劇」の様相を呈してしまいます。

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 80年代に至ってこの路線が行き詰った結果、明らかに子供向けの販促アニメ以外では「リアルロボット」どころか「ロボットアニメ」自体が殆(ほとん)ど作られない事態に至ります。

 結果として「新世紀エヴァンゲリオン」は猛烈な退行を起こし、構図としてはなんと「ウルトラマン」路線にまで後退することになりました。

 何しろ「パパが作った」巨大ロボットで毎週現れる「怪獣」を倒し続けるというアニメなんですから。スペースノイドの虐げられた歴史だの、ニュータイプによる人類の革新だのといった七面倒くさい戯言(ざれごと)は「痛快娯楽作」には邪魔者でしかなかったことが図らずも証明された瞬間だったでしょう。

 ただ、「ウルトラマン」と違うのは「この怪獣とは何か?一体どこから、何の目的でやってくるのか?」ということを徹底的に考える方向に舵を切ったことです。
 ウルトラマンだってセブンだって毎週怪獣は現れますけど別にそんなこと考えませんからね。

ウルトラマン Blu-ray BOX I
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 一つ言えるのは、「エヴァ」は「正体も目的も分からない怪獣」(使徒)という風に「敵」を定義してしまったため、必然的にそこを探るために「オカルト路線」に踏み込まざるを得なくなり、「敵に目的がある」からには「侵略もの」の構造を持つに至るということです。

 ウルトラシリーズの中でも屈指の人気を誇る「ウルトラセブン」ですが、人気であることには理由があります。

ウルトラセブン Blu-ray BOX I
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 それは、前作に当たる「ウルトラマン」が齎(もたら)した弊害によるものでした。

 「ウルトラマン」は既に一特撮番組といった存在ではなく、同ジャンルの代表的な存在です。視聴率も記録的で大ブームを巻き起こしました。
 ただ、それ故に猛烈に特撮に予算が掛かり、結果的にあれだけの人気を誇りながら「予算不足」によって打ち切り同然に終わったのだそうです。
 実に解せない話です。自治体がイラストレイターにノーギャラでゆるキャラのデザインを依頼するのみならず利権まで独占しておきながら、着ぐるみ作成やイベント費用にに数千万の予算を付ける程度には解せない話です。

 とにかく最初は「別作品」(*)として「ウルトラセブン」は始まりました。 
(*よく言われる通り、あくまでも「ウルトラセブン」なのであって「ウルトラマンセブン」ではありません。カラータイマーも無く、「ウルトラマン」との世界観のつながりも殆(ほとん)ど言及されません。後に「ウルトラ兄弟」に組み込まれて別作品にも登場しますが、それは後の作品がシリーズ化するにあたって取り込んだに過ぎません)

 ところが、とにかく予算が無いため、派手な爆発シーンなどが極力抑えられてしまいます。

 そこでスタッフが選んだのが「怪獣もの」から「侵略もの」への路線変更でした。

 これは似ているようで全く違います。

 「怪獣もの」であるからには、相手はゴジラやキングコングの様に「ただでかいだけの畜生」で構わない訳です。その代り、巨大怪獣が街や施設を破壊する「カタルシス」を説得力を持って描写することが必要不可欠です。

 ところが「侵略もの」ということになると、人間と同じか或いはそれ以上の「知性」を持つ「宇宙人」が「陰謀」を巡らせる…という展開になってきます。
 実際、「ウルトラセブン」に登場する「怪獣」は「侵略してきた宇宙人」が「道具」として使っているもの…というパターンが非常に多くなります。

 敵方に知性があり、ということは事情もある訳で、結果としてこの「侵略」路線は観ていて非常に頭を使う、奥深く渋みの効いた作品を量産することに繋がりました。

 筆者は子供の頃に何度目なのかも分からない夕方の再放送で「ウルトラセブン」を拝聴しましたけど、「等身大変身」で人間と並んで活躍するウルトラセブンに驚くと共に、「結局変身せずに侵略者を撃退」してしまうエピソードが意外に多くて驚きました。
 まあ、ありていに言えば「地味だな~」というか「つまらんな~」とすら思っていたんですけどね。

 何しろ「ウルトラセブン」には「侵略する側にも事情があるんだから」といったエピソードや、善悪もはっきりしない苦い結末のエピソードも多いのです。それが今もってカルト人気を誇る理由ではあるのですが、同時にそれは当時のガキたちが無邪気に「ウルトラセブンごっこ」をやりにくいという事態にもつながったりするんですがね。

 「新世紀エヴァンゲリオン」は最初は「怪獣もの」ですが、徐々に「侵略もの」にシフトします。
 遂には見た目が人間と全く変わらない第拾七使徒「渚カヲル」(タブリス)まで登場しますから、「侵略もの」そのものです。

新世紀エヴァンゲリオン (1) (カドカワコミックス・エース)

 これの分かりやすい構図は「秘密戦隊ゴレンジャー」の「薔薇十字軍」だったり、「仮面ライダー」の「ショッカー」とか「怪傑ズバット」の「ダッカー」とかそういう「悪の秘密組織」です。

快傑ズバット VOL.1 [DVD]
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 「ウルトラマン」の場合はそうした「最終ボス」みたいなのはいなくて、毎週散発的に襲ってくる怪獣(勿論、その都度工夫は凝らされていましたが)を退治して以上!と言う構図です。
 「ウルトラセブン」も何週かに渡って苦戦させてくれる強敵はいましたが、シリーズ全体を通しての陰謀といった構図は取りませんでした。

 エヴァはそこに「使徒は全て何らかの大いなる陰謀に操られている」と設定し、シリーズ全体を引っ張る原動力とした訳です。
 一応数々の公開設定で「黒き月」だの「白き月」だのと明かされていて、かなりそういう意味では全体像が見えてはいますが、それはよっぽどのマニアの話であって、単にテレビや映画を観ているだけのファンは未だに「使徒が何故襲ってくるのか」どころか「そもそもどうして戦っているのか?」すら分かりません。

エヴァンゲリオンがさらにわかる動画:旧【最終調整版】
https://youtu.be/TeoFnVoiQAs

 であるからこそ、外部に原因を設定できずひたすら内向的に自閉していき、遂には自分自身の悩みと世界の危機が完全に等価になってしまうどころか、内面の方を重要視しかねないところまで進行します。

 「セカイ系」の誕生です。

セカイ系とは何か (星海社文庫)


 話を侵略ものに戻しますが、かつてSFでは「侵略SF」が花盛りでした。
 地球はありとあらゆる宇宙人の脅威にさらされてきた訳です。

 代表作をいちいち上げるとキリが無いのですが、「SFの父」ことH・G・ウェルズの「宇宙戦争」が原型となるでしょう。

宇宙戦争 (偕成社文庫)

 まだまだ人類の天文知識・科学知識が牧歌的だったころの作品ですので、火星人が侵略に来ます。

 宇宙人を友好的に描いた「E.T.」や「スターマン」などもこの派生と言って構わないでしょう。

スターマン [DVD]

 この伝統は我が国のSF作品にも受け継がれます。
 「アニメ第一の波」こと「宇宙戦艦ヤマト」は正に「侵略もの」そのものです。

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 「機動戦士ガンダム」以降のリアルロボットアニメでも「侵略もの」は多く、何故か日本語を喋り(**)、日本にのみ襲ってくる宇宙人軍団とヒーローは日々戦っていたものです。
(**こういう世界では、大抵の人類は通訳の必要なく意思疎通しているため、英語や日本語ではなく俗に「アニメ語」を喋っているなどと言うんだとか)

 現在「リアルロボット」をパロディではなく大真面目にやるのは相当大変です。

 「機動戦士ガンダム00(ダブルオー)」

機動戦士ガンダム00 1 [Blu-ray]

は、大きな一つの敵組織があるとするのではなく、主人公たちをテロリストとして「世界中の地域紛争に介入する」という新しい試みを導入していました。
 これが成功したかどうかはともかく、いざ新しいガンダムをやるに当たってはこれくらいのブースターは必要とされるものだ、というお話です。

 その後新たなガンダムとして「ガンダムAGE」

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が登場する訳ですが、申し訳ないんですけど内容は完全に「子供だまし」に退行してしまっており、「ガンダムSEED」以上に幼稚になってしまっていました。構図もセリフもキャラも全てが紋切型で、切迫した危機感など皆無。「どこかで観た様な」ものの劣化版の羅列みたいなアニメでした。
 まあ、実質的に総集編回を出さず、無駄に残虐な表現も無いなど、そういった方面での品質管理は「SEED」系よりもずっと行き届いていたことはフォローさせていただきます。

 そして、遂に始まった「ガンダムビルドファイターズ」

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は、ガンプラが売れない時代に開き直ったかの様に「ガンプラ」そのものをストレートに押し出して来る内容で、無意味にセリフで「ガンプラ」を連呼し、シリーズのパロディセリフやキャラクターも満載という作品でした。
 言ってみれば「バックステージもの」です。

 つまり、真正面から「物語」を描くことを遂に諦めた訳です。
 この前兆として、これまで「リアルロボット」の代表的な作品であった「ガンダム」シリーズとして遂に「侵略もの」に手を染めた「ガンダム00劇場版」があったことに言及しておかなくてはなりますまい。

劇場版 機動戦士ガンダムOO ―A wakening of the Trailblazer― [Blu-ray]
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 「リアルロボット」が駄目ならば「侵略SF」は花盛りなのか?と言われるとこれも怪しいです。
 この頃で言うと「インデペンデンス・デイ」などがそうですが、この手のお客さんが沢山入る大衆娯楽作というのは民衆の潜在的心理を掬い取ったものであるとよく言われます。

 実際「侵略SF」の多くが冷戦時代に製作されています。
 これはそうした映画を多く生んでいたアメリカが来るべきソビエト連邦の脅威を映画に仮託していたと説明されることが多い様です。

 また、科学知識がかつてより人口に膾炙し、「広い宇宙でこんな星にまで態々(わざわざ)やってくるメリットはその知的生命体とやらにはあるのか?」といった「根本的な疑問」が湧きかねない事態です。
 少なくとも何らかの「超光速」移動手段の一つも設定しなくては現代のSFとしては失格でしょう。世の中全体が絵空事のフィクションを信じられなくなっている訳です。


 やっと話が「魔法少女」に戻ります。

 現役で「魔法少女」路線を毎年主役を交代させながら続いているシリーズ(プリキュア)が存在する以上、決して「滅びたジャンル」ではないのですが、ともあれ「魔法少女まどか☆マギカ」は「魔法少女の現代的再定義」に挑むこととなります。

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 「そもそも魔法少女とは何か?」という疑義に対し、「地球とは別の星系に存在する知的生命体が、宇宙全体のエネルギー事情の解消のため、思春期の少女を利用して爆発的エネルギーを得るための手段」という大胆すぎる設定を持ち出してきた訳です。

 これはド直球の「侵略SF」的な設定です。

 画面上にはそのどこかにいるのであろう「知的生命体」は遂に姿を現しません。一種の情報端末であろう「キュゥベエ」が登場するのみです。

魔法少女まどか☆マギカ キュゥべえ ソフビフィギュア

 恐らく登場させる予定はないし、設定もされていないでしょう。「2001年宇宙の旅」や「ソラリスの陽のもとで」で黒幕の宇宙人が画面に登場しないのと同じです。

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 そもそも我々が知覚できる存在なのかという問題もあります。珪素系生命体だったり、情報化していて実体がない存在かもしれません…って何だかゴリゴリのハードSFみたいなことになってきました。

 あの可愛らしい絵柄の「魔法少女」アニメにこんな設定を持ち出すなど、「鶏を割くのに牛刀を持ち出す」というか、小さなプリンを食べるのに小さなスプーンではなくて巨大なチェーンソーを持ち出すみたいなものです。

 あの概念的な「侵略SFの論理」が「魔法少女」…いや言い方を変えるなら「戦闘美少女」の行動原理として持ち出されるというのは本当に凄いです。
 凄いんだけど、何というか「凄ければいいってもんじゃない」気もしないでもないです。

 というのは、ならば「奇をてらう」ことが出来さえすれば何でもいいのかということになってしまいます。必要以上に残虐な描写をするとかエロくするとか。
 まあ、世界中のB級映画の製作者は日々そんなことばかり考えている訳ですが。

 ともあれ、この大胆な設定には「突然科学的(?)っぽいことを言い始めた」と違和感を感じる向きもあった模様。そりゃあそうでしょう。
 異なるジャンルの話を無理やり持ってきたんだから、そこに取っ掛かりが発生するのは当たり前です。

 キュゥベエの言う“科学的な”理屈が仮に本当だったとしても、ならばこの世界はそういう厳密な(…)科学的論理で動いているのでしょうか?
 少なくとも、動作一つで衣装が忽(たちま)ち変化し、巨大な銃器が出現してぶっ放す世界とは相性が良くないというかダブルスタンダードな気がします。

 敢えて言うならば、行動論理が子供っぽい幼女みたいな女子高生ばかり出て来るこの頃の萌え系アニメで突如どろどろの人間関係が入り乱れる「半沢直樹」みたいなエピソードが始まったら違和感があるでしょ。

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 確かに「銀行員」を主役にした硬派ドラマと萌えアニメでは「リアル度合」でいえばそりゃ前者の圧勝には違いないでしょう。
 ただそれは、フィクションとしてどちらが上等でどちらが下等かという判断基準にはなりえません。それぞれは違う評価基準で評価されるべきものでしょう。

 カレーとラーメンを「どちらが美味しいか」で点数化しようとするかの様な無粋な話です。「個人的にはどちらがより好きか」という話は出来ても「カレーが10点でラーメンは9点」と言う風に表面的な統一基準で無理やり順位を付けることは限りなく無意味です。

 個人的にはキュゥベエの言う「理屈」は理解できます。
 少女の夢と希望だったはずの「魔法少女としての契約」は実は「侵略者の陰謀」であったと判明する瞬間の落差は正に「センス・オブ・ワンダー」と呼ぶにふさわしい。

 ここでちょっとだけ脇道に逸れます。
 といってもちょっとだけ本編に関係はしますので、我慢してお付き合いください。

 キュゥベエは「エントロピー」云々と言ってますが、聴く限りは「エントロピー」が何らかのエネルギーの名前であるかのように認識している模様。

トコトンやさしいエントロピーの本 (今日からモノ知りシリーズ)

 恐らく彼が言っているのは「エントロピーの増大による宇宙の熱死」のことについて言っているのでしょうけど、「使えば使うほど枯渇してしまうエントロピーなるエネルギーを魔法少女とその成れの果てである魔女に関わるエネルギーを発生させて補充する」という理屈は色んな意味で間違っています。

 まず、「エントロピー」とはそもそも何かなんですけど、要は「混乱する状況」みたいなものだと思ってください。

 例えば買ったばかりのトランプカードのデッキ(山札)があるとしましょう。

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 これをシャッフルしたとします。
 これが「エントロピーの発生」です。

 カードのデッキは普通はシャッフルすればするほどカードの並びは乱れて行くものです。シャッフルすればするほどカードの並びが整っていくということはありません。

 この様に、何かをすればそれによってどんどん混乱は広がっていき、決して元に戻ることはありません。

 これが極限まで行きついてしまうと宇宙全体が均一に混乱した「宇宙の熱死」状態に至ります。これを「エントロピー増大の法則」と言います(閉鎖系でのみ成立)。

 キュゥベエのいい様だとまるで「エントロピー」(何故か彼は「エ」にアクセントを置きます)なる種類のエネルギーが存在しているみたいですが、そんなことはありません。


 あと、「木を育てるのに必要なコストと、それを燃やして得た熱エネルギーは釣り合わない。目減りしている」からこそ何らかの活動が行われるたびに減る「エントロピー」を補充しなくてはならない…と言ってますがこれは大間違い。

 そもそもエネルギーは保存されますから、「木を育てるのに必要なコスト」と「燃やして得たエネルギー」は等価です。全く増えても減ってもいません。

Newton 重要 原理・法則集 エネルギーや時空の性質

 何らかの活動でそのエネルギー総量が減ったり、魔法少女と魔女とやらで増えたりするんなら物理学上の大発見ですからキュゥベエは今すぐノーベル賞学会に論文を提出してほしいです(爆)。

 物質とエネルギーが実は等価であると言う証拠が「E=mc^2」の式です。

 「E」は「エネルギー」、「m」は「質量」、「c」は「光速」です。

 つまり、物質に光速を2回掛けたものがエネルギーです。
 「光速」ってのは光の速さの単位なのでイメージしにくいんですけど、要するに「物凄く大きな数字」だと思っていただければ結構。

 しかしそうなると、そこいら中にある「物体」が巨大なエネルギーと同じ?ということになってしまいます。
 実際問題その通りなんですが、この「エネルギー変換」はそう簡単なことではありません。人類にとっては難しすぎる作業です。

 ただ、ごく稀に「エネルギー化させやすい」物質は存在していて、それがウランとかプルトニウムです。

 これらをその「ごく一部」をエネルギー化させることで何が生まれたか…もうお分かりですね。所謂(いわゆる)「原爆」こと「原子爆弾」です。

原子爆弾―その理論と歴史 (ブルーバックス)

 問題は熱や光エネルギーの他に放射線とか放射能とかも大量に出てきちゃうことだったりします。ちょっと大きめの問題ですが(おい。
 ヒロシマ型核爆弾にしても、あれだけの破壊力を誇りながら本体は意外なほど小さいものです。「リトルボーイ」という名前がそれを表しているのはお分かりですね。

この世界の片隅に 上 (アクションコミックス)

 ま、要するに「エネルギーと物質」は行き来可能なものである…エネルギーは保存されているということが言いたかった訳です。
 宇宙全体のエネルギーはキュゥベエが言う様に人間の活動程度で増えたり減ったりはしません。

 そういう方向に「科学考証」するならばキュゥベエの発言は間違いまくっています。

 ただ、これはそれほど大きな問題だとは思いません。
 というのも、我々人類とは全く違う価値基準、価値判断で生きているキュゥベエの操縦元は、“何らかの理由”で少女を魔法少女化したり魔女化したり、それを退治したりしているんですが、その被験体である少女に対して

 そ の 本 当 の 理 由 を 全 部 説 明 す る 義 理 は 無 い

からです。
 
 本編中でもたびたび指摘されている通り、キュゥベエは一見すると可愛らしい見た目と声ではありますが、人間的な感情を全く持ち合わせておらず、個々の個体の生き死にには全く拘泥していません。

一番くじ キュゥべえ 魔法少女まどかマギカ B賞 ぬいぐるみ 単品

 ですので、自分が勧誘した少女がどれほどむごたらしく死のうとも何らの心理的な負担も感じていません。

 これは正しく「全く倫理観の違う知的生命体」とのファースト・コンタクト物でもある訳です。嗚呼!素晴らしきハードSF!(冗談なので本気にしないように)

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 そんな、人間のそれも思春期の少女を純粋に道具、歯車として無残に使い捨てることを全く厭わない存在が、嘘を言わない理由などどこにあるでしょうか。

 そもそも筆者とて偉そうにエントロピー増大の法則がどうしたのマクスウェルの悪魔が屁をこいただの、ラプラスの魔がもらしただの、ディラックの海がバックドロップしただの、ハイルゼンベルグが不確定性理論でブレイクダンスしただのとほざいていますが、それとてあくまでも「人間が理解できる」物理学的な屁理屈でしかありません。

そして世界に不確定性がもたらされた―ハイゼンベルクの物理学革命
そして世界に不確定性がもたらされた―ハイゼンベルクの物理学革命

 人類よりも遥かに進んでいるであろうキュゥベエの製造元はそうした「宇宙の法則」そのものにもっと理解と知識があると考えるのが自然です。
 それはもう「言語で理解する」ものではない可能性すらあります。

 つまり、ちゃんとした理由を人類に説明しようとしても人類側のレベルが低すぎて説明そのものが出来ない可能性も濃厚なんですね。

幼年期の終り (ハヤカワ文庫 SF (341))

 これを読んでいる読者のあなたは、飼い犬に「数学」を理解させることが出来ますか?出来ないですよね。どれほど噛んで含める様に“分かりやすく”教えようとしても、余りにも知能がかけ離れているためにまともにコミュニケーションすら取れません。

 この様に「侵略SF」において「余りにも知的レベルがかけ離れ過ぎていてまともにコミュニケーションをとることが出来ない」作品は幾つもあります。

 それこそ「ウルトラセブン」やら各種特撮作品やアニメみたいに「侵略者」側が結局のところ人間そのものであって、同じ論理で行動してくれ、場合によっては友情を深めたり、共感したり、甚(はなは)だしい場合は恋に落ちたり(!!)してくれることは余り考えられないでしょう。

 先ほど例に挙げた「インデペンデンス・デイ」

インデペンデンス・デイ [Blu-ray]

でも侵略者側とは殆(ほとん)どまともにコミュニケーションは取れませんでした。まあ、コンピュータ・ウィルスは効果があるみたいなのできっとマイクロソフトやアップルは宇宙人にもパソコン売ってるんでしょうね(嫌味。

 ちなみに「インデペンデンス・デイ」と同じシーズンに奇才ティム・バートン監督によってもう一本の「侵略SF」が製作され、公開されました。

 それが「マーズ・アタック!」です。

マーズ・アタック! [Blu-ray]

 今時小学生でも真面目に存在なんか信じていない「火星人」を題材に侵略SFをやろうという辺りで『そもそも真面目にやる気が無い』ことがモロ分かりです。

 実は映画の公開前は「勝負あった」と思われていたそうです。言うまでも無く「マーズ・アタック!」の圧勝であろうと。
 カルト人気だけではなく実際に映画館を満杯にするヒット映画を沢山手がけているティム・バートンが“今時本気で宇宙人の侵略SF映画なんておバカなものじゃなくて、クールに笑わせるSF侵略コメディを手掛ける”ということでね。

 ところが蓋を開けてみると勝ったのは「ID4」こと「インデペンデンス・デイ」でした。

 理由は沢山あると思います。
 どうしても終末観漂うアクションに、人類の存亡を掛けて命を懸けて挑む大統領!という「燃える」シチュエーション満載の「ID4」に対し、コメディである「マーズ・アタック!」はそういう風に本気でのめり込むのではなくて、突き離して笑いものにするタイプでアプローチが真逆です。
 みんな何だかんだ言っても「燃える」ものに飢えていたということなんでしょう。

 ある意味においては「薄味」な「ID4」はその分「普遍性」がありますので、これまたヒットに貢献します。
 一方で「マニアがにやりとする小ネタ」ばかりが矢鱈(やたら)とあちこちに詰め込まれている「マーズ・アタック!」は映画オタクみたいなのは腹を抱えて笑うんでしょうけど、一般人はそもそも分からないし、仮に分かっても苦笑しか出ないでしょう。

 とはいえ、筆者が最も「マーズ・アタック!」が受けなかった理由として大きいと思うのが「感情移入出来ない」事だと思うのです。
 人の生き死にも徹頭徹尾ギャグにして笑い飛ばすブラックな作風は、確かにクールではあるのですが名のあるキャラクターたちが次々に無残に死にまくるのを観てそんなに笑えるかと言えば笑える訳がありません。「北斗の拳」などで愛嬌のあるアホなモヒカンが殺されるのは笑えますが、悲劇の美少女が輪切りにされて笑える訳が無いのです。
 どうもその辺を製作者が全く分かっていなかったんじゃないかとしか思えません。

 この火星人たちは何をしに来たのかも全く分かりません。そもそも侵略の意図があったのかすら最終的には不明のまま。その意味ではフレデリック・ブラウンの「火星人ゴーホーム」に似ています…というか現代風の映画化に近いでしょう。

火星人ゴーホーム (ハヤカワ文庫 SF 213)

 宇宙人が「ダサい音楽」(日本で言えばコテコテの演歌みたいなの)のレコードを聴かされると頭が爆発して死ぬという設定も、5分くらいの短編映画ならともかく2時間の大作映画でやられると「ふざけてんのか」という気持ちになってきます。まあ、実際ふざけてはいるんですが。

 特に問題だったのが、劇中で宇宙人とコミュニケーションを取ろうとして単語を選んで疑似会話をするシーンがあるのですが、最後の大混乱の中で、彼らがそれを乱用して全く意味の無い言葉を発しながら大虐殺を繰り返すこと。

 要するに「苦労して異星人ともコミュニケーションが取れた!」というある種の感動シチュエーションを「んなわけねーだろ!」と苦労そのものをおちょくって笑いものにしていることです。何しろ全く意味が通じていなかったばかりか、そもそも意思疎通を図ろうとしていた…というところすらお互いに共感出来ていなかったという衝撃事実があくまでも“ギャグ”として扱われているのです。

 これはいかんかった。
 何だかんだ言っても映画なんてのは現実逃避です。お金と時間を献上して娯楽を買ってる訳です。

 「考えさせられる問題作」も結構でしょうが、基本的には楽しませて欲しい。この「楽しむ」には色んな意味がありますが、「笑える」のもそこには当然含まれます。
 「不謹慎ギャグ」は確かにやりようによっては爆発的な笑いの威力があります。

 ただ、そこにも「越えちゃいけないライン」というのは存在している訳です。
 「マーズ・アタック!」は不条理不謹慎侵略SFコメディであるため、「努力」とか「希望」とかましてや「自己犠牲」みたいなベタでダサいものは全て揶揄の対象です。
 これはクールではあるのですが、「共感する」ことが出来なければ寂しいものです。

 というか、そこを踏みにじったらもう笑えません。
 行き付くところまで行きついたコメディはもう笑えずに観ている側がドン引きしてひきつった笑いしか出てこないと言います。
 しかしね、こちとら観客が見たいのは普通に面白い映画なんであって、画期的(だけどつまんない)映画じゃなく、実験的な分娯楽性がそぎ落とされた映画でもないんですよ。

 一方でそうした「努力」「希望」「自己犠牲」を全て大肯定し、「観客を一つにする」ことだけを考えたある意味“ダサい”作品たる「インデペンデンス・デイ」は大ヒットしました。
 みんな共感したがってたんだなあ…という感慨です。


 …話を「まどか」に戻します。

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 キュゥベエの解説によって、実はこの作品は「魔法少女もの」…要はファンタジー…であると思われていたものが、何とバリバリの「侵略SF」であったことが分かった訳です。

 この作品のターニングポイントは沢山あるでしょう。
 マミさんが首を食いちぎられた場面かもしれないし、さやかが契約してしまった場面かも知れないし、さやかと杏子が差し違えるシーンかも知れない。

 しかし、この「侵略SF」であることがハッキリした場面も間違いなくターニングポイントです。

 アニメ作品的に言うならば「袈裟の下から鎧を出す」みたいなもので、第一話から濃厚に漂っていた「ただ事じゃない」アニメの雰囲気は遂にその大きな片鱗を見せた訳です。


 「戦い」がメインの作品において、何が一番大事かと言えば、視聴者にその切迫した危機感を共有させられるかに掛かっていると言えるでしょう。

 「宇宙戦艦ヤマト」が「アニメ第一の波」と呼ばれるほどの大ヒットを記録したのは「地球滅亡まであと○○日」と毎週カウントダウンされるほどの「終末感」が猛烈な緊張感を生んでいたからにほかなりません。

 これは「波」と称される残り2つのアニメにも共通しています。

 「機動戦士ガンダム」においては、ア・バオア・クーでの最終決戦がラストになる訳ですが、日常空間でもあったホワイトベースにおいて、遂にブリッジの面々までが全員宇宙服姿で挑むシチュエーションは「嗚呼、愈々終わりなんだな」という雰囲気十分です。

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 「新世紀エヴァンゲリオン」においては言わずもがなで、使徒との最終決戦はそのまま人類の命運が掛かっています。ちなみにこのアニメに関しては時代的な追い風もありました。

 現在ではイメージしにくくなっていますが、1995年~1996年に放送され、1997年に最後の劇場版が公開されたアニメです。「ノストラダムスの大予言」による人類滅亡の日とされた日の『前夜』の時期であり、バブル崩壊後の不景気の真っただ中、オウム真理教による地下鉄サリン事件や阪神大震災による災害、また女子高生の援助交際に代表される風紀の乱れなど何故か今よりもずっと閉塞感の強い、暗い世相の時代でした。

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 1997年の劇場版で描かれた「終末感」の切迫度合で言うならば現実とシンクロしたそれは半ば「破滅の快感」を味わうには十分すぎるお膳立てがされた「時代と寝た」作品でした。
 …まあ、言うまでも無く「全てがムチャクチャになってしまえ!」という願いが聞き届けられることもなく、平凡な“終わりなき”日常が続くだけだったんですけどね。

 それから、インターネットが事実上存在しないも同然の時代(2ちゃんねるの登場が1999年)であるため、ファン同士のリアルタイムな情報の共有が出来ず、相対化も最低限に抑えられたという側面もあるでしょう。

 エヴァで「最強の敵」は拾九話に登場する「ゼルエル」です。

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 暴走して「シンクロ率400%」となったエヴァ初号機に食われてしまうことで有名な使徒ですが、遂にネルフ本部のあるジオフロントにまで侵入を許し、本部の多くを破壊されたこの決戦の迫力は尋常ではありません。

 つまるところ、アニメであり娯楽作なんですから「目の前の戦い」やそれを巡るシチュエーションに特化するための素材としての設定であり、ストーリー展開ですよ。

 「魔法少女の仕組み」が徐々に明らかになっていく戦慄の展開と、毎回毎回あの禍々しくも興奮するテーマで引きとなるエンディングは「ヤベえ!こいつはヤベえよこのアニメ!」という“興奮”と共に語られるものだったでしょ?

 12話しかないこともあって、無駄なエピソードが殆(ほとん)ど無く、毎回が気になる引きの連続は間違いなく「こりゃあスゲえ!!!」という「興奮」「盛り上がり」を伴うものであったはず。

 要は「時代を代表する話題作」というのは「単なる面白い娯楽作」に留まらないんですよ。

 そこに「観る」いや「観なくてはならない」理由のある『ヤバいアニメ』なのです。

 ぶっちゃけエヴァ以外にも人類の存亡を掛けて戦ったアニメは多数ありますが、どうしてエヴァほどの話題にならないかと言えば、この「切迫感」を共有させることに成功していないからです。

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 確かに人間の手によって作り出されたフィクションではあるものの、放送当時夢中になって観ていた視聴者は「ワルプルギスの夜」の到来に手に汗を握って展開を注視していたはず。「どうせアニメなんだし」と冷めた目で見ていた視聴者はいないでしょ。こんなアニメ、本気でのめりこむに決まってるじゃないですか!


 …少なくとも、筆者にとっても「魔法少女まどか☆マギカ」は面白いアニメでした。
 そしてその多くは、大迫力の劇伴などに支えられた「緊張感」とそれに伴う「気持ちの昂揚」であったのです。

 「人類の存亡を賭けた最終決戦」などというものは、経験しないで済むのであればそれに越したことがある訳がありません。負ければみんな死んじゃうんですから。

 しかし、人間というのはどうしようもなく、そういう「追い込まれたシチュエーション」に興奮し、燃えてしまうものなんですね。

 無論、劇中でも「魔法少女」と「魔女」は一見対立関係であるように見えながら、両者とも「キュゥベエ」とその使役者たちの掌(てのひら)の上で踊らされていることにしかすぎません。
 ですから、「あの魔女倒すぞ!おー!!」と言う風に士気を鼓舞するという流れには出来ません。

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 そもそも「魔法少女にされた挙句の魔女変化と、その破滅」までがセットであって、しかもそれは「宇宙の秩序」を維持するために必要な犠牲であるというのです。
 そこには、姦計を弄して少女たちを引きずり込んだ「キュゥベエ」という分かりやすい悪役こそ存在するものの、この流れはどうしても止められないのです。
 言ってみれば人間はいつか必ず死ぬ、人類は数十億年後には恐らく滅亡しているという類の「運命、宿命」に類するものに抗おうとしているに等しい訳です。

 しかも、「ならばこの地球にキュゥベエたちがやってこなかったとしたら」どうであったかという問いにキュゥベエはあっさりと答えます。

「その場合、君たちは今でも洞窟で裸で暮らしていただろうね」

と。

 これは「インテリジェント・デザイン」理論です。

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 要するに、人類の進化は遥かに進んだ宇宙人によってなされたものなのである…という考え方で、有名な作品としては「2001年宇宙の旅」があります。

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 画面に一切宇宙人が出てこない上にスタンリー・キューブリック監督が説明ナレーションを全部取っ払ってしまったために非常に分かりにくくなっているのですが、遥かに進んだ宇宙人によって地球人がより進化の高みに導かれるというお話です。

 同じクラークによる小説「幼年期の終わり」はモロにそういうお話。

 つまり、宇宙の秩序だか何だか知らないけど、寿命が数十年しかない人類にとっては最終的な宇宙の秩序なんぞどうでもいいから魔法少女だの魔女だのはまっぴらごめん!…と言えそうなものではあるんですが、それをやってしまうと全て過去の否定となってしまい、人類の現在も無いぞ…ということなんですね。

 正に「逃れられない運命」絶望ではないですか。

 この時点で「魔法少女まどか」というタイトルを頂いていながら未だに魔法少女としての契約をしておらず、当然変身もしていないまどか。

 とはいえ、実は「ワルプルギスの夜」は別に最終ボスという訳でもないんですよね。
 無事に倒し切って、仮に一人の犠牲者の出さず、ほむらもまどかも生存したとしても、いつかは人類に仇なす「魔女」となる運命から逃れることは出来ません。

 つまり、「どうしたらいいのか全く分からない」状況です。
 娯楽作品において、最終決戦前に「ため」を作り、「絶望的な状況」を演出するのはイロハでしょう。

 もしもこれを、誰もが納得する形で最終的に解決してみせたならば…それはもう歴史的な大傑作となるのは間違いありません。

 ここで、物語は新たな局面に入ります。

 言うまでも無く「暁美ほむら」の時間遡行者としてのエピソードである第10話の登場です。

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 第一話からあちこちに仄めかされていた「ループ」展開が遂にはっきりと明言されます。

 今と全く違うほむらやまどかたちの状況もさることながら、第一話冒頭に接続する(第一話では聞こえなかった台詞が足されているなど完全に同じではないですが)ラストなど憎らしいほどです。

 「シュタインズ;ゲート」などこの頃増えてきたループものですが、実は「まどか」もループものだった訳です。

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 …これは困ったことになりました。
 というのは話が「ループもの」ということになると、物語の観念度合が一気に高まってしまうからです。

 ループものとは言いますが、一種の「パラレルワールド(並行世界)」ものでもあります。
 別にループが悪いと言う訳ではないんですけど、「侵略SF」は物凄く地に足の着いたシチュエーションでなくては有効に機能しません。

 しかも、全てを知悉(ちしつ)しているのは当の時間遡行者の暁美ほむらのみであって、一連の魔法少女騒動のトリガーとなったキュゥベエすら事態を把握できていない訳です。

 まあ、思春期の女の子がホモソーシャル的にきゃっきゃうふふしながら、可愛く格好いい衣装で敵と戦う「魔法少女」ものに侵略SFとループを組み合わせるという物凄さについては筆者風情があれこれ言うまでも無いでしょう。

 ただ、「侵略SF」までは良かったんですがそこに「ループもの」まで組み合わせたのはどうだったかなあ…と思わないでもありません。

 言ってみれば美味しいデミグラスソースのオムライスに上からカレールーをぶっかけたみたいな感じです。
 どちらも猛烈に美味しいのは間違いないんですが、お互いによさを相殺して混乱してしまう感じです。

 「ループ」や「並行世界」ものは、少なくとも地に足の着いた形になりにくいです。

 というのは、どうしても「今自分が信じている世界」を「相対化」してしまうからです。

 目の前に迫った「ワルプルギスの夜」というピンチの(ということは燃える)シチュエーションに向かってどんどん逃げ場を無くして追い込んでいかなくてはならないのに、ここで「相対化」してしまっては一気に拡散し、そして弛緩してしまいます。

 具体的に言うと、既にほむらは「ワルプルギスの夜」とは何度も何度も戦った後であり、それこそこの世界線で負けたとしてももう一度やり直せば済んでしまいます。

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 目の前の現実も「沢山ある可能性の一つ」に過ぎなくなってしまう訳です。
 その上、ほむらにははっきりと目的が見えている訳ではない。
 「こうすればまどかの死亡が避けられる」という明確な目標が見えていない訳です。
 勿論、簡単に分かるものではないし、一応「一人でワルプルギスの夜を倒せばいい」という指標はあります。ただ、それも正解なのかもそもそも分からないし、出来る保証も何もありません。

 それこそ、それが必要なのであれば絶対に杏子を見捨ててはならなかったし、明らかに戦力になるマミさんをもっと真剣に説得するべきでした。

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 というかそれこそ全世界を回って戦力になりそうな魔法少女を勧誘しまくって決戦に備えるべきだったでしょう。実際最終回を観る限り、世界中に結構な人数で現在もいるんですから。

 結果として「全ての事情を納得した」まどかが魔法少女として契約し、「全ての魔法少女を救済する」ことを選びます。
 契約するにあたって契約そのものに言及するのはルール違反でしょう。
 「3つの願い事を言え」と言われて「願い事を4つにしてくれ」と言うようなものです。

 「クレタ島人は嘘つきだ」ではありませんが、「自分を含む」条件を提示するならば「自分だけは除外」していないとおかしいことになります。

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 結果としてまどかは「存在そのもの」が12話に渡って付き合ってきたこの世界戦から消滅し、概念そのものとなって人々の記憶と認識から完全に消失し、一段階上の宇宙に移動してしまうことになります。

 無粋なことを言うと、物語内論理だけから考えても幾つか矛盾を指摘できます。
 まあ、これは年寄りの屁理屈だと思って気軽にお読みください。


問題点その1「救済がループする」

 「魔法少女の救済」が何を意味するのか余り判然としないのですが、「現世で成仏する」くらいの意味でしょう。「魔女化しない」ということかなあ。最終回でソウルジェムが消失した少女たちは同時に肉体も消滅しているのでその後も生存はしていないのでしょうけど、少なくとも「永遠に救済行為をし続けなくてはならない」呪われた存在になった訳ではないでしょう。

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 つまり、ただ一人まどかだけは救われていない訳です。
 ということは「“全ての”魔法少女を救済する」願いと矛盾します。自分も含んでいる以上、自分も誰かによって救われなくてはならないのですが、救う側は救われないのであれば永遠に階層を上り続けることになってしまいます。


問題点その2「タイムパラドックス」

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 最終回であちこちの魔法少女を救済しまくっているまどかは時間軸も超越しているのでしょうか?
 最終回を観る限りはそうは見えなかったのですが、仮にそうであるならば「魔法少女からの魔女化」が副産物として引き起こした「人類の文明の発展」が起こらなかったことになり、深刻なタイムパラドックスを引き起こします。
 それこそ、ごく普通の現代的な家庭に生まれ育っている「鹿目まどか」は少なくともああいう風には生まれなかったことになるでしょうし、その程度のレベルではなくて全世界であらゆる近代社会が消滅します。

 そして…ここからが「タイムパラドックス」の真の恐ろしさなのですが、仮にそうした「大改変」が現実のものとなったとすると、「鹿目まどか」は生まれなかった訳で、となると「時間改変者」もいなかったこととなり、やっぱり「時間改変」も行われないことになります。
 …ということは、やっぱり時間改変が行われないとなれば「鹿目まどか」は生まれてくるということになって、その彼女はまた将来時間改変行為に及ぶでしょう。ということは…?

 と言う風に延々とループしてしまうのです。
 タイムパラドックスになりそうな事態になると矛盾に耐え切れずにその宇宙が消滅してしまう…とするSFが少なくないのもそのためです。

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問題点その3「時間遡行者ほむらの存在」

 好意的に解釈するならば、今回のまどかの契約とその実行によって「過去の因果律も含めて全てが書き換えられた」とすべきなんでしょう。
 でしょうけど、一方で「ほむらが今回の結果としての『まどか消滅』を回避したいなら、もう一回今回のワルプルギスの夜到来前に戻ってやり直せばいいじゃん」という解釈も同時に成り立つでしょう。

 一応、回数を重ねるごとにその因果律の中心に位置するまどかの「魔法少女としての素質」が凝縮されていく…という説明はありましたが、もっと明確に回数制限を明言しておくべきだったかもしれません。



 まあ、上記3点は偏屈なSFファンがでっちあげた独り言みたいなものなのでそんなに気にしなくていいです。こちとらアニメを肴に自己満足したいだけですし、これを持っても何一つこの作品の価値が毀損したとは思いませんし。

 ただ、人間の感情として「実体を失い、誰にも記憶にも残らない概念的な存在になってしまう」ことを果たして幸福と感じられるのか?という疑問は残ります。
 というか、明らかに本人自身は幸福になどなってはいないでしょう。

 勿論、本人が進んでその立場を選んだことは劇中の描写で十分感じられますが、そこまでの自己犠牲を払う行為を説得力を持って描けていたとは思えないんですよね。ほむらと違ってまどかはループの記憶も持っていませんし。
 要はこの結末が、当のまどかの「救済」になりえていないのが不満なんです。まあ、作者側にまどかを救済する気が無いのであれば仕方が無いんですが…。

 例えばですけど、ワルプルギスの夜の到来によって関係者全員…それこそクラスメートとか担任とか、パパとママと弟とかも…が凄まじい死にざまを晒し、もう自分には何も残っておらず、破滅覚悟での特攻の末に全てを救済する概念となり果てる…というのであれば「あのまま生きていたとしてもいずれにせよ幸福な未来はありえない。ならばこの道を選んでよかったのだ」と視聴者側としても納得できます。

 しかし、ごくごく普通の平凡な女子中学生であるまどかにそこまで思わせるものは何なのでしょうか。世間知らずで人一倍お人よしだった…それこそおバカな判断ミスによって…永遠の魂の牢獄に入ることを選んだとでも言うのでしょうか。

 最終回に至るまで、毎回毎回猛烈に興奮する「最終決戦」的なヤバいシチュエーションで燃えさせてくれた「魔法少女まどか☆マギカ」は最後の最後で何とも「もやっ」とした奥歯にものの挟まった様な消化不良の感慨を残して終わります。
 これまたどうした訳なのか、ほむらだけはキュゥベエすら知らない「真相」を全て知っていて、存在が書き換えられたらしい「魔獣」に挑む場面で終わります。

 全ての人間がまどかの存在すら忘れている「ありえたかもしれない世界」の描写は申し訳ないんですけど、非常におぞましいものです。言うまでも無くそこに救いが全く無いからです。
 というか、一度「並行世界」だの「時間遡行」だのをやってしまった物語の中では、よほどしっかりやらないと「最終的にこれで落ち着きました」と言われても納得できません。

 まどかにとって一番の幸福はあのまま魔法少女云々といったしょーもないシチュエーションに巻き込まれることなくごくごく平凡な一生を終えることでしょう。
 恐らくまどか一筋でエゴイスティックなほどの愛を注ぎ込んでいるほむらもそうなれば本当に満足できると思います。筆者もそうです。

 存在そのものが消されるなどということになれば、それこそ殺されるよりも辛いバッドエンドです。
 しかも、「より上位宇宙に行った」みたいなハードSFみたいなオチに至っては宇宙そのものの相対化ですわ。別にそれが悪いとは言いませんけど、それならそれで徹底してほしい。
 少なくともテレビシリーズの最後の場面に至ってほむらにまどかどころか、まどかが選択して現在置かれているシチュエーションそのものに対する知識があることをどう説明するのか。

 個人的には「侵略SF」だけで終わってほしかったなあ…と思います。時間遡行まで含めちゃったもんだから、「運命」そのものを題材に展開する道を選ぶしかなくなってしまいます。
 とはいえ、「時間遡行者ほむら」の要素無しに「まどか☆マギカ」が成立するかと言えばそれはしないでしょう。

 結局「どうすれば解決するのか」が見えないし、そっち方面への希望を持てる終わりにしてくれていないんです。

 つまんないSFファンから言わせてもらえば、要するに「エネルギー供給」がされればいいんでしょ?
 キュゥベエの使役者にしてみれば、「思春期の少女の魔法少女化 → 魔女化 → 殲滅」に至る際に放出されるエネルギーを回収出来ればいいわけだから、何らかの代替案をまどかが思いついて、「それだ!」となってどうにか解決すればいい訳です。

 …そんなアメリカのおバカ娯楽映画みたいなカラッとした展開でいいの?と思われるかもしれませんけど、決して全くあり得ない話じゃないでしょ。

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 だって今のままじゃ「ワルプルギスの夜」というラスボスを出していながら「倒しても倒さなくてもこの呪われた運命の螺旋からは逃れられない」というオチにしかなりません。

 要は「燃える」シチュエーションでカタルシスが欲しいんですよ。何も必ずハッピーエンドでないと納得しないなんて言ってません。
 それこそ魔法少女がほむら一人を残して結果として全員死亡したとしても、それはそれでカタルシスな訳です。
 それは「この世界が救うに値するものだ!」という言ってみれば「価値の絶対化」が必要不可欠です。

 並行世界などを量産して価値を薄め、「価値の相対化」とは真逆の方向性です。

 個人的にはどれだけ時間遡行しようとも納得のいく「価値絶対化」は出来ると思います。

 劇中のほむらのまどかに対する思いは十分伝わってきました。視聴者だってごく平凡な愛すべき少女のまどかの幸福を願っています。
 普通に考えるならば犠牲になるべきはほむらでしょう。
 ほむらが自らを犠牲にしてまどかを救い、当のまどかは魔法少女に関する記憶を全て失うどころか存在そのものを宇宙から抹消されたほむらなどは認識すらしていない状況になったとしても、ほむらとそして観客は満足するのです。

 ところが、劇中で最も「幸せなエンディングを迎えてほしい」と願っていたキャラがまさかの概念化ですよ。

 しかも、世界の救世主としてあがめられて本人も満足していたりすればともかく、何だかよくわからない。

 ここでSFファン的なツッコミを2点ほど。

 実は「エントロピー」周りの設定に関しては現在の人類が認識している「エントロピー」とキュゥベエの言うそれが完全に同じでは無いであろうという前提に立つならば「作品内では一貫」しています。

 それはそれで問題無いのですが、となると「魔法少女として契約するに当たり、『何でも願いを叶える』」という事実はどう説明するのでしょうか?

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 劇中では新興宗教としての隆盛を達成するとか、怪我の後遺症を治療するといった程度です。
 キュゥベエは願い事に対して制限を付けた様には見えないので、恐らく「何でも」適うのでしょう。

 しかし、「何でも適う」ということになると、物語構造が「ファンタジー」になってしまいます。
 別に魔法少女をモチーフにしたダーク・ファンタジーなんだからそれはそれで構わない気がしますが、一方で「ハード侵略SF」の設定を開陳するんですから、どちらかに統一すべきです。

 「何でも適う」設定を出すなと言っているのではなくて、「何でも適う」原理をSF的に説明してほしいってこと。

 それこそ「願いを叶う」際に消費された「エントロピー」(キュゥベエの定義)を返してもらうために魔女化するとかね。
 恐らくエネルギーのやり取りってことでいいと思うんですが。

 ここで「何でも適うけど、死んだ人間を生き返らせることだけは出来ない」とか何でもいいんですが「作品内論理で説明できる根拠」を明示して欲しかった。

 「お前はファンタジー作品に対して何を言ってるんだ」というツッコミが聞こえてきそうですが、一方で「エントロピー」を補充するための魔法少女調達を謳っているんだから理不尽な要求ではないでしょう。

ゲームシナリオのためのファンタジー事典 知っておきたい歴史・文化・お約束110 (NEXT CREATOR)

 何も実際に科学的に可能なくらいに説明しろってことじゃなくて、「物語内の設定」で説明してほしいってことです。
 いっそ、「適った様に見えるがそれは全部魔法少女にされた被験者の妄想の産物」くらいでもいいんじゃないかと思いますが…。

 まあ、余りにも話が理屈っぽくなってしまうと、「デスノート」みたいにファンタジーでありながら恐ろしく頭を使う傾向のお話になりそうです。

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 特に「何を願うか」はこの物語の根幹なので、そこに下手に条件が付くのは上手くないのは間違いありません。

 ただ、ここに実質的に制限が無いものだから「魔法少女になって全ての魔法少女を救済する」みたいに宇宙の法則を捻じ曲げられる「願い」まで可能になっちゃってしまうのです。
 漫画・アニメの「ドラゴンボール」において登場する「神様」が実はナメック星人という宇宙人であったという衝撃の展開がありますが、魔法少女調達をしている宇宙人たちは別にこの世の法則を全てつかさどる神と言う訳ではないでしょう。
 あくまでも「遥かに文明の進んだ知的生命体」に過ぎない訳で、「何でも願いが適う」というファンタジー設定と相性が良くありません。

 とはいえ、「じゃあ、どうすればいいんだ!?」と言われて即答出来るほど明快な答えを持っている訳ではありませんし、仮に筆者の小賢(こざか)しい屁理屈を実際に導入したところで、「論理的な破たんは確かに無いけどつまらない」作品以上のものになるという自信もありません。


 もう一つの問題ですが…これは恐らく本放送中にどこかで言及されているのではないかと思います。
 SFファンの末席を汚させていただいている筆者ですが、世の中にはオバケみたいなSFマニアがごまんといます。筆者が「SFマニア」だの「SFオタク」だのを自称しないのはそのためです。あくまでもファンという風に逃げているんですね。

 それは、全体の構造が余りにもロバート・J・ソウヤーの「スタープレックス」にそっくりだということです。

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 ここで書いてしまうと「魔法少女まどか☆マギカ」のみならず「スタープレックス」のネタバレにもなってしまうので、あくまで簡単に書きます。

☆宇宙全体のエネルギー総量が釣り合わない問題を解決するため、主人公が最終的には上位宇宙から干渉する概念的存在となり、未来から過去を渡り歩いて「ある行為」を行って均衡を保っている

 ということなんです。
 これはまんま鹿目まどかであり、暁美ほむらの役割です。

 「魔法少女まどか☆マギカ」では「魔法少女」ジャンルをモチーフにしましたが、「スタープレックス」においては…タイトルから想像が付くでしょうけど…「スター・トレック」世界がモチーフになっています。みんな好きねえ。

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 ロバート・J・ソウヤーという作家は筆者が一番好きなくらいに好きなSF作家です。グレッグ・イーガンとかテッド・チャンとどちらが凄いかと言われれば、凄いのはイーガンやチャンかもしれないけど、好きなのはソウヤーですと言いたい。

 ロバート・J・ソウヤーという作家は毎回テーマに対して「そうだったのか!」という「解決」をやってのけるのが凄いところです。
 恐竜時代を舞台にした「さよならダイノサウルス」という大傑作があります。

さよならダイノサウルス (ハヤカワ文庫SF)

 これは、「ドラえもんの出てこない『のび太の恐竜』」という表現が一番ぴったりくる大冒険活劇です。

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 こまごま書いているとそれだけで大変な分量になるので割愛しますが、要するに「恐竜時代に関する疑問」を全て劇中で解決しちゃってるってことなんですよ。

 一つだけ書くならば、恐竜ってのはいくらなんでもサイズが大きすぎるんです。
 現在の人間を見ればお分かりのとおり、あそこまで巨大である必要なんかありません。大きければ消費エネルギーだって膨大だし、いいことだけではないんです。

 それが…この「さよならダイノサウルス」の劇中の設定で全部説明が出来るんですよ!
 その論理のダイナミックさたるや、軽快でさわやかな読後感と相まってまさしくセンス・オブ・ワンダー!!!

 とにかく読後感の爽やかさが随一で、筆者などは勝手にSF界の赤川次郎ではないかと思っているほど(笑)。

 そして「スタープレックス」なんですが…なんとこの一遍において「ダークマター」を始めとする宇宙のエネルギー不均衡問題その他全てが説明出来ちゃうんですよ!!!

 …まあ、多分実際に宇宙の謎が解決されたならば、ここでの「真相」とは違ってるとは思いますが、少なくとも「そうだったのか!」と読んでいて一瞬思ってしまうこのハッタリの効いた説明!もお最高です。

 その説明の一端が、「時間遡行者」にして「超越的存在」となり果てる主人公の存在です。
 まどかとほむらを一人でやってしまうかの様なこのおっさん!

 正直、キュゥベエの説明を聞いて「…これって『スタープレックス』だよね…」と冷や汗が出てきました。

 無論、「スタープレックス」には「契約」云々の概念は登場しませんし、モチーフも全く異なります。とはいえ、宇宙そのもののエネルギー問題を人為的に解決するそのスキームや時間遡行まで含めたトライ&エラーなどが酷似しているのです。

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 問題の10話を観、そしてラストに至っての主人公の概念化という末路は正にそのものでした。

 …とはいえ、「魔法少女まどか☆マギカ」の製作者が「スタープレックス」を読んでその設定を頂こうと思ったとは思いません。ループものの構造はどうしても似てきますし、宇宙全体の矛盾を“科学的”に解説しようと思えばそれも似てくるでしょう。というか、「論理的に似たようなところに帰結する」のは避けがたいでしょう。

 そもそも、「エントロピー」云々による侵略SF的な要素はどちらかというと「まどか」のメインストリームではありません。あくまでもキュゥベエが語る魔法少女のからくりとしての設定ですし、そもそもキュゥベエが真相を全て明らかにしているとはどうしても思えませんし。
 恐らく製作者サイドに「ハード侵略SFとダークファンタジー要素が矛盾するからどちらかを切り捨てて欲しい」と迫ったら迷わず「ダークファンタジー」サイドを残すでしょう。

 この他に「時間遡行」と「パラレルワールド」要素もありました。
 ちなみに日本のテレビアニメでこれらの要素をメインストリームに取り込んだ作品はあります。

 「宇宙海賊ミトの大冒険」第二期

EMOTION the Best 宇宙海賊ミトの大冒険 2人の女王様 DVD-BOX
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がそれで、第一期のラストで唐突に性転換して少女となってしまった主人公がなんと声優も男性のまま二期を演じ切るという日本アニメ史上空前絶後の要素を含む作品ですが、ここで大事なのはそこではなくて「量子力学」によって存在が予想される「並行世界」単位での世界規模の破壊と創造、それに伴う大量虐殺というワイドスクリーン・バロック的な展開。
 一期は地に足の着いた単純でカラッとした冒険活劇なんですが、二期では上記の様な観念的世界観の相対化と鬱展開ばかりが目立つ問題作でした。

 若干ネタバレっぽくなってしまいますが、独特のキャラクターデザインが印象的な「ノエイン」などは正に「量子力学」を劇中のセリフでも滔々と説明する並行世界アニメ。

ノエイン もうひとりの君へ  Blu-ray BOX
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 別世界の自分が攻め込んでくるんですから「○○(伏字)」とか「××(伏字)」みたいです。

 我が国のアニメの歴史の中においても屈指のアクション場面を持ち、「作画が凄いアニメ」の代表としてしょっちゅう色んな動画で引き合いに出される力作ではあるのですが、目の前の現実を極限まで相対化してしまう「多次元宇宙」の存在が明らかにされてしまうと、どれほどのラストを準備されても全くスッキリしません。
 ありていに言えば発狂しそうです。

 とはいえ、ドラえもんの「もしもボックス」の様に並行世界を扱いつつも視聴者側の混乱を最小限に抑えて「地に足の着いた」冒険活劇を展開している娯楽作はありますけどね。

 ちなみに「天元突破グレンラガン」も最終決戦に至って量子力学的な「重ね合せ(スーパーポジション)」が解説に登場します。

天元突破グレンラガン Blu-ray BOX(完全生産限定版)
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 話を「まどか」に戻します。

 まあ、最初は「スタープレックス」要素の強さに困惑したのですが、確かに冷静に見てみればそこまで何もかもそっくりではないです。

 少なくとも、作品全体が否定されるほどの決定的要素ではありません。似ているという見解は崩しませんけど。




 …と、ここまでがテレビ版全12話のお話です。

 ここからやっとこさ劇場版の感想に入ります。長いねしかし。

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 先に結論から言ってしまうと、駄目でしたねえ。

 というか「嗚呼、またか」という感想しか浮かびません。

 どうして日本のアニメはテレビだとあんなに面白いのに劇場版となると途端につまらなくなるのか。

 テレビの総集編みたいなものならいいんでしょうけど、いざオリジナル…それも人気のあったテレビ版の続きで劇場版独自のストーリーとかいうことになるともう駄目。


 ネタバレ前提なので今更ストーリーについてグダグダ書いても仕方が無いでしょう。

 前半のパラレルワールドめいた展開が延々と続き、お客さんがダレ始めたところで「真相」が開かされます。

 外部に出ようとしたバスが戻ってきてしまう展開は「ビューティフル・ドリーマー」でお馴染み。他にも沢山ありますが、作品名を挙げただけでネタバレになってしまうので比較的新しい作品については自重します。

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 「ビューティフル・ドリーマー」そのものについては古い映画なのでネタバレしてしまいますが、要は「ラムの夢の中でした」というお話なのですが、今回の「まどか」映画の前半の展開は○○○(一応伏字)の妄想の中でした…ということでしょ?

 それ自体はまあ、いいですわ。
 最大の問題は、作画も綺麗だし、アクションもキレがあるのに、「目的」が見えないから全く入り込めないんですよ。誰に感情移入していいのか分からない。
 ほむらファンの知人は満足していましたが、これはそういう問題ではなくて作劇の基本として「今回はこの人の視点で行くよ」という想定は当然なされていなくてはならないはずなのです。

 前半の魔法少女戦隊の変身に名乗り、決めポーズなどはまあいいでしょう。「マジカルバナナ」と称される場面もいいでしょう。

 ところが、状況がハッキリし始めてから先は一応観たはずなのに展開を余り思い出せないほど抽象的かつ観念的なイメージシーンの羅列みたいなことが延々続くばかり。正に拷問でした。

 「魔法少女の救済」をこそ最大の目的とするまどかという存在に対し、歪んだ偏愛によって一矢報いたほむらが「超越者」たるキュゥベエすら出し抜いて本懐を遂げる…という「アニメ映画にありがちな展開に物申す」とでも言いたげな衝撃の大逆転を果たします。

 ラストも解釈が分かれるところですが、ぼかしてあるということは結論は明らかなのでしょう。

 今回は多様な多次元宇宙の一つに迷い込んだほむらの冒険の内の一つの可能性について見せてもらった…と言う程度のことだと認識しています。
 だって、救済に降りてきた(より上位宇宙に行っちゃってこの宇宙には干渉できないと言う話はどうなったのかな?)まどかの一部を引きちぎって自分のものにしたというんですが…素朴な疑問として、世界の理(ことわり)ってそんなに一人の思い込みだけでコロコロ変わっていいもんなんでしょうか…と思います。

 いや、それよりも何よりも大問題なのが「娯楽作」ではないということ。

 こういうと「ハッピーエンドじゃないからブーたれてるんだろ」と言われそうですが、そんな程度の低い話をしているのではありません。
 というかそもそも「ハッピーエンド」とは何ですか?


 「セブン」という映画があります。

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 恐るべき猟奇殺人犯を追ったスリリングでスタイリッシュな傑作映画です。
 筆者も大好きなのですが、この映画の結末はもう「考えうる限り最悪」というほどのバッドエンドです。

 にもかかわらず筆者は非常に満足しました。
 要するに「娯楽としての絶望」がそこにはあるからです。

 「なんてこった…」とがっくりと肩が落ちるほどの結末でありながら、その悲劇を最も効果的に叩き付けてくるのです。

 筆者はこれくらい面白かった映画は(当時は入れ替え制の無い映画館も多かったので)大抵連続してもう一回は観るんですが、とてもそんな気持ちになれないほどでした。でも、間違いなく面白かったです。

 「バッドエンドだから駄目」ではないことがお分かり頂けたでしょうか?
 要するに…言葉にしてしまうと陳腐ですが…「納得できたかどうか」ということなんです。

 それこそ「新世紀エヴァンゲリオン」のテレビ版のラストはそりゃ「ハッピーエンド」でしょうよ。
 しかし、あれに納得出来た人なんかいますか?

 映画「ファイト・クラブ」

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も分類するならバッドエンドでしょう。しかし、にやにやしながら席を立って拍手したくなる極上のバッドエンドでした。
 世の中には「痛快なバッドエンド」ってなものが間違いなく存在します。ええ。

 ここでB級ホラーを例に出すのが適切なのかどうか分かりませんが、ダン・オバノンの「バタリアン」のラストなんて超ブラックなバッドエンドなのに大爆笑の大満足ですよ。

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 「死霊のはらわたII」のオチなんて「んなアホな!」と突っ込みながら画面にモノを投げたくなるほどヒドい投げっ放しなのに余りにもアホらしく痛快なので何度も何度も観たくなります。

死霊のはらわた2 [Blu-ray]
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 つまり、結末がバッドかハッピーかというのは映画そのものの評価基準としては二次的なものでしかありません。要は「満足したかしないか」です。「納得」でもいい。

 この伝で言うならば、「駄目な映画」というのは、「結末に至って納得できない」映画ということになります。

 そして「最悪の映画」となれば「終わったことすら分からない」映画でしょう。エンドロールが流れてくるに至って「…え?これで終わり!?」なんてのはもうどうにもなりません。

 そりゃいい意味で突き離されての「これで終わり!?」を感じさせられる作品はありますよ。海外ドラマの「CSI:科学捜査班」(CBS)

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なんて、45分しかないせいもあるでしょうが、終わりが物凄く淡泊なことがしょっちゅうです。事件解決しなかったこともあったりして。

 …今回の映画のことを言ってるんですよ!

 エンドロールが流れ始めてまず思ったのは真っ先にこれでした「これで終わり!?本気か!?」というもの。

 あのですね、多次元並行宇宙だの夢落ちだの時間遡行だのをやりすぎるとどうなるか?「フィクションの世界なんぞ何もかもどうでもよく」なっちゃうんですよ!

 娯楽作品として本来やるべきことの真逆をやっている。

 分かりやすいストーリーじゃないということじゃないんです。

 パンフレットの声優さんのインタビューにもありましたが「観ている人の心を折る」映画なんですわ。どういうことなんでしょうか。意味が分かりません。

劇場版 魔法少女まどか☆マギカ [新編]叛逆の物語 初回限定 パンフレット
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 どうして普通の娯楽作じゃいけないんでしょうか。

 まさかとは思いますが、スカッとして終わる「面白い」映画が大衆に迎合した下卑たくだらない映画で、何だかよくわからない奥歯にものの挟まったような難しくて分かりにくい「面白くない」映画が格調高く、芸術的な素晴らしい映画だとか思ってないですよね?

 テーマを描きたいなら描けばいいじゃないですか。面白い映画の中に隠す形で。

 「あー面白かった!…でも実は深い映画だよね」これのどこが悪いんです?

 それなりにインターネットで感想を漁りましたけど、どうしても感想掲示板のまとめスレみたいなのばかりで深い分析がありません。
 いや、あるにはあるけどあくまでも「劇中内設定」の解釈みたいなのばかり。

 そうじゃなくてもっと全体を敷衍(ふえん)した構造的な話をしてほしい。

 決してハリウッド万歳ではないのですが、あちらの映画はとりあえず万人が満足する娯楽映画を作るノウハウは間違いなくあります。

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 無論、そういったセオリーに従って作るもんだから映画がどれもそっくりになってしまったりといった弊害はあります。
 確かに一定の水準は必ずクリアしてくるんですけど、まるで「工業製品」みたいな量産されたプログラム・ピクチャーぶりは「突然変異みたいなメガヒット」は生まれにくくはなるでしょう。

 これはゲームの話ですが、現在のゲーム業界はアメリカやヨーロッパが完全に世界をリードしています。もう日本なんかお呼びじゃありません。
 大作映画ばりの巨大予算を掛けてリアルに構築した箱庭世界を縦横無尽に駆け巡る「グランド・セフト・オート」シリーズ最新作があらゆるエンターテインメント作品の中でも最高の売り上げを記録するという状態です。

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 注目すべきはそこにおいては徹底的な、本当に徹底的な効率化と自動化が行われているということなんです。
 例えば道端に生えている樹木の一本に関してもアメリカのゲームにおいてはボタン一つで設置出来るのに対し、我が国では木の枝一本一本をデザインしているような状態です。

 無論、これはゲームの本質的な部分とは直接は関係ありません。
 しかし、奇妙な根性論が幅を利かせる我が国に於いては、こういう本来は効率化すべきところにまで頑(かたく)なに拘(こだわ)ることがよしとされる土壌があります。

 しかし、より大きな目で考えて頂きたいのですが、ならば最終的なメガヒットを記録しているのはどちらなのかということを。

 確かに「ターミネーター」シリーズや「トゥルーライズ」「アビス」などには「機動警察パトレイバー」の影響が顕著ですし、「マトリックス」のバトルシーンはアニメ映画「攻殻機動隊」の実写化と呼ぶべきものです。

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 しかし、最終的に売り上げを持って行っているのは間違いなく「あちら」です。

 我が国のアニメ映画は世界の内でもごく一部のマニアにしか相手にされていない、それこそ「盆栽」みたいな世界なのです。

 こういうと、まるでハリウッドのおバカエンターテインメント礼賛みたいですが、我が国のアニメ映画はそんな『程度の高い話』が出来る状態になんてなっていません。
 今や北米の日本アニメ市場は壊滅状態です。

 それこそ「単に面白いだけじゃない深い映画」みたいなことを言いたいならば「単に面白い映画」を年間あと最低でも十数本は量産してから言うべきでしょう。

 確かにここ数年、「話題作」はありましたよそりゃ。

 特にこの頃は、「OAVをとりあえずテレビ放送してから売り出す」状態だった深夜やローカルテレビでの放送すらも、テレビ局に著作権の半分を持っていかれることを嫌って、「OAV発売前に劇場に掛ける」作品も増えてきました。

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 テレビ放送が終わったアニメの「番外編」「後日談」も限定的に劇場公開することも増えてきました。単純にテレビ放送するよりもずっと実入りがいいからなのだそうで、それはそれで大いに結構です。

 そうした作品を例外にすれば、何と言っても「新世紀ヱヴァンゲリヲン:Q」があったでしょ?

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 今もって完結を見ない問題作ですが、何と言っても筆者の様な「娯楽厨」ですら引くほどのド直球の娯楽路線だった「破」から異次元に舵を切った大胆すぎる路線展開。
 前回の「次回予告」の内容をまるで無視していたのも大問題ですが、とにかく徹底的に観客の快感原則を逆なでし、全ての希望を打ち砕き、そして生理的嫌悪感を催させる描写ばかり。

 まあ、今更エヴァの映画を観に行って文句を言うのも大人げないでしょう。デビッド・リンチの映画を観に行って「わけがわからんぞ」

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とか押井守の映画

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を観に行って「つまらんぞ」という様なものです。
 激辛ラーメン屋に行って「このラーメン辛くて食えねえぞ!」とクレームを付けるみたいなもの。

 とはいえ、一応金を払っているんだから感想を言う権利くらいはあるでしょう。

 毎度毎度「アニメの映画化」を観る度に思う感想と同じです。「どうしてこうなっちゃうんだよ」と。


 恐らく筆者の戯言(ざれごと)を読まされて最も湧き上がるであろう

「映画は単に面白ければいいのか?それよりも表面的な娯楽要素は薄くても、テーマを持った深い作品の方がよりいい作品であり、その時代には評価されなくてもカルト映画として語り継がれるかもしれないではないか。そうしたラストに至って「ヒャッハー!」となる能天気娯楽映画なんぞ映画館を出て3歩で内容も忘れてしまう。日本のアニメ映画はそうしたものではないところに価値があるのだ」

という感想にモノを申しておきたい。

 概(おおむ)ねそうした感想には反論の余地はなさそうに見えます。

 ただ、それならば「エヴァQの売り上げがこんなに凄い」とかのお話はされぬがよろしかろう。
 そもそも、確かに「エヴァQ」に代表される「アニメファンだけが興味がある」的なアニメはそれなりにお客が入っています。
 少なくとも「ゲージツ」気取った日本の実写映画だの、誰が見てるのか分からん「感動の」御涙ちょうだい安上がり実写映画や、世界的には話題なのかもしれんけど日本じゃあ泣かず飛ばずの「全米が泣いた」映画みたいな想定する客層がぼやけた映画どもに比べれば「オタクパワー」がそれらを上回るのは痛快ではあります。

 ただ、ならば「エヴァQ」は「名探偵コナン」や「ワンピース」、「ポケットモンスター」「プリキュア」「ドラえもん」といった「定番プログラムアニメピクチャー」にも勝っているんでしょうか?

 金額だけで言うならボロ負けです。
 熱烈なリピーターに支えられた売り上げも、「ワンピース」あたりが出て来ると瞬時に抜き去られてしまいます。

 そりゃ「ワンピース」の“映画”はアニメの歴史には残らないかもしれない。子供はともかく、つき合わされた大人は映画館を出てすぐに内容も忘れるでしょう。
 ここで注意してほしいのは“映画”ってこと。
 「北斗の拳」などは日本の漫画市場に残る巨大な金字塔ですが、「季節もの」としてテレビアニメを継ぎはぎしてでっちあげられた「アニメ映画」ってのが存在するんですよ。これは歴史には残らないでしょって言ってるんです!分かってもらえますか?

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 私だって「ブレードランナー」よりも「ホーム・アローン」の方が価値があって歴史に残るなんてことは言いません。いいませんが、映画は芸術でもありますが、同時に「興業」であって「娯楽」です。
 「ホーム・アローン」そのものはともかく、「必ずしも大ヒットしないカルト映画」とは違う観点で「大ヒットするスカスカなおバカ映画」にもそれはそれで価値はあるでしょう。

 少なくとも筆者は「ドラえもん のび太の恐竜」と「AKIRA」のどっちをもう一度観たいかと聞かれれば全く迷わずに「ドラえもん」を選びます。

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 「AKIRA」は確かに「凄い映画」ではありますが、…悪いんですけど間違いなく「面白い」映画ではない。一般的な意味での「娯楽性」は殆(ほとん)どありません。

 墓場の様に静まり返ったBGMの無い画面に、何が起こっているのかもよくわからないストーリー展開。何と言っても酸鼻を極める残虐描写。反吐(へど)が出そうなグロテスクな画面。
 そして、「え?これで終わり!?」と茫然とする意味不明のラスト…。
 現在は多少BGMがありますが、あれでも最初の劇場公開版よりずっと増えたんですよ。何回やったか分からないリマスターを新しい媒体が出る度に繰り返し、その度に新録、新録…。

 「最初の劇場公開版」は恐らく一度もそのままソフト化されたことは無いはずです。

 「ラッセララッセラ」でお馴染みメインテーマ(?)が現在は冒頭のバイクチェイスシーンとエンドクレジットで流れますが、最初の劇場公開版ではバイクチェイスシーンはBGM無しだった…と言えばどれくらい地味で観客の生理に沿ってない映画かお分かり頂けるでしょう。

 今でこそ「日本を代表するアニメ」という惹句と共に語られる割には内容はこんな感じです。
 欧米でカルト人気があるとされますし、事実そうではあるのですが、ならば同じスタッフでその後に数多く作られ、内容的にはずっとブラッシュアップされている作品が幾つもあるのに、どうして唯一「AKIRA」だけが語られ続けるのでしょうか?

 それは「非ディズニーでありながらちゃんとしたアニメ映画」であって「アニメなのに残虐描写があり、平気で人が殺される」アニメを初めて観た観客がファーストインプレッションで度肝を抜かれたからにほかなりません。でなくては、その後多くつくられた「MEMORIES」やら「スプリガン」、「スチームボーイ」やらが同様かそれ以上に受けない理由がありません。

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 「MEMORIES」の超絶作画ぶりは、寝起きでぼんやり見ていた筆者が一瞬実写だと勘違いするほどの凄まじさです。にもかかわらずAKIRA、AKIRA…。

 70年代の子供向けアニメなど以外の「現役」日本アニメが大ヒットを記録するのは90年代の「ポケットモンスター」の登場を待たなくてはなりません。
 「ポケットモンスター」は少なくとも熱心なアニメオタクには「時代を変えた作品」とは見做されていません。いい意味でね。
 つまりは、カルト要素を脱色したより普遍的な作品であるということです。

 要するに「快感原則に従った映画はヒットし、従っていない映画は(カルト人気が出ることはあっても)ヒットしない」という当たり前のことを言っている訳です。

 ただ、それは「快感原則に従っていない映画はカルト映画となる」ということは“意味しません”。

 むしろ「カルト映画には快感原則に従っていないものもある」程度に捉えるべきでしょう。また「ヒットしていない」ことが条件なのではなくて、「ヒットしないことも多い」くらいの話です。

 要するに「熱狂的なファンを産んだ映画」を意味する言葉であって「ロッキー・ホラー・ショウ」

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や「プラン9・フロム・アウタースペース」なども紛れも無い「カルト映画」ではありますが、「スター・ウォーズ」だって立派なカルト映画です。
 ヒットしたかしないかは二次的な問題です。

 デビッド・リンチ監督の映画みたいにそもそも一般的な意味での娯楽性を全く目指していない作品などは筆者も「娯楽性が無い」からといってバッシングはしません。

 「魔法少女まどか☆マギカ」は間違いなくアニメ映画としては2013年一番の話題作でしょう。
 「新世紀エヴァンゲリオン」ほど一般的な人気を獲得した訳ではありませんが、ごく一部のコアなアニメファンのみというには広い人気を獲得した作品です。

 であるからには、やはりもっと一般観客の生理にあったオンビートな作品であるべきだったと思います。

 これは都市伝説ですが、「夏エヴァ」こと「E.O.E.」(The End of Evangelion)にいたいけな幼女が来ていて、映画が始まる前には「あしゅか(アスカ)がんばれー!」みたいなことを言いながら目を輝かせていたんだそうです。
 …この子が映画が終わる頃にどうなっていたのやら…。

The End of Evangelion

 筆者がこの「まどか」劇場版を観に行った劇場は、公開初日の初回ということもあってか小さ目なシネコンのスクリーンでは観客は満杯状態。
 両隣には可愛らしい女子高生(推測)の団体さんが劇中の魔法少女たちみたいに仲良くきゃっきゃうふふして盛り上がっています。
 それが両側で、お互いに可愛らしい色紙を見せあいながら「やばい!可愛いこれ!」と泣きそうなくらい盛り上がっていました。もう新作の期待で正に胸がはちきれんばかりです。

 彼女たちが時間を追うごとに物凄い勢いで盛り下がっていくのを観るのは辛かった。本当に。

 ボロボロのキュゥベエとともに明るくなった劇場では空気の読めない馬鹿がたったひとり力弱い拍手をしていましたが、恐ろしいほど静まり返っていていたたまれませんでした。


 スタジオジブリで…というよりは我が国の映画一般で最高の売り上げ記録を誇っているのは「千と千尋の神隠し」です。

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 スタジオジブリは「となりのトトロ」に代表される「健全アニメ」の代表選手みたいに思われているのですが、映画が公開されるたびに記録を塗り替え続ける「メガヒットメーカー」だったのは「千と千尋の神隠し」で「打ち止め」なのです。
 ではその前の映画は何だったか?実は一応これも当時の記録を持つ「もののけ姫」です。

 「千と千尋の神隠し」にあって、「ハウルの動く城」「崖の上のポニョ」「ゲド戦記」「借り暮らしのアリエッティ」等々に無い要素とは何でしょうか?

 娯楽性?
 それを言ったらおしまいです。
 ジブリの映画が徐々にパワーを失ってしおれて行っていることは筆者ごときが指摘するまでも無いし、非常に複雑な要素に分類できるでしょうから一言では言えません。

 大きく2点指摘出来ると思います。

 一つは「飛翔感」です。空を飛ぶ快感ですね。

 「風の谷のナウシカ」は身一つでエンジン付きグライダーことメーヴェで滑空する場面が全編に渡って展開し、風を感じられるほどです。
 「天空の城ラピュタ」も同様で、そもそも『飛行石』を巡っての攻防に端を発します。それに独特の形状の飛翔機械「フラップター」は正に宮崎イズム。
 そして、「高いところから落ちそうになる」という「ひゅっとする」感慨があちこちで感じられるのもポイント。

 ちなみにこの「飛翔感」「高度感」は「未来少年コナン」

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などにも横溢(おういつ)していますし、下手すると「アルプスの少女ハイジ」や「赤毛のアン」にすらイメージシーンとして溢れています。

 「となりのトトロ」におけるコマのイメージシーンやネコバスのそれによる飛翔シーンの爽快感は説明の必要もないでしょう。
 「魔女の宅急便」もまた「飛行アニメ」と言いたくなるほどです。

 挙げていくとキリが無いほど宮崎アニメは「飛んで」ばかりいます。まだ爽快感の片鱗を残している「紅の豚」もまたそうでした。

 これが「もののけ姫」になると、全く空を飛ぶことが無くなります。
 「ハウルの動く城」ではハウルが飛び回って入るんですが、主観視点で描かれることがほぼなく、夜ばかりだし、どこの誰とも分からない「敵」と戦うため嫌々飛んでいるという陳腐な反戦思想の為に飛ばされているのみ。

 はい、もうお分かりですね。

 「千と千尋の神隠し」はジブリにおいて「最後に飛んだ」アニメだった訳です。

 だからこそ「最後の大ヒット」を記録したというのは言い過ぎではないでしょう。

 サイケデリック・ホラーでしかない「崖の上のポニョ」

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はストーリーの意味不明さのみならず「飛ぶ」シーンが爽快でないという致命的な欠点があります。まあ、別の意味で「トンで」はいますけどね。
 あのストーリーはかなり強めのクスリをキメながらでないと書けませんからその意味では「トンで」いたのかもしれませんが意味が違います(おい。

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 もう一つの要素は…これはジブリ映画に限らずあらゆる娯楽映画において必須のシーンではないかと思うのですが、…要するに「喝采シーン」の有無です。

 最後に至って、大勢が「やったー!」と勝鬨を上げるシーンと言えばお分かりでしょう。

 ナウシカ、ラピュタ、魔女宅、紅豚などにこれがあり、もののけ、ぽにょ、アリエッティなどにこれが無く、そして…突然変異の様にぽつんと「千と千尋の神隠し」に存在している訳です。

 しかも、間違ったのか何なのか知りませんが「千尋」にはこの「喝采シーン」が2か所もあるのです。

 「千尋」がどうして「ジブリ最後のヒット記録作」となっているのかには理由があるんですよ。明確に。


 「スター・ウォーズ」と「2001年宇宙の旅」「ブレードランナー」はどれも代表的なSF映画ですが、ラストの喝采シーンを持つ「スター・ウォーズ」が観た後の爽快感では後者2者を突き離すのはラストの「喝采シーン」で正に映画が終わるからでしょう。

 喝采でなくてもいいんですが、娯楽映画である以上は最後に希望を感じさせてほしい。

 映画「バック・トゥ・ザ・フューチャー」は映画が終わった瞬間、アメリカの劇場では観客が叫び声をあげて立ち上がり、拍手が数分間鳴りやまなかったそうです。
 幾らなんでもリアクションとして大げさすぎやしないかと日本人だと思ってしまいますが、しかし気持ちは良くわかります。

 絶望的な状況を逆転し、未来に希望を持たせる前向きなラスト!これ以上の映画などあるでしょうか。

 筆者はこの典型的な例として「マトリックス」を挙げたいです。

 しがない駄目サラリーマンだったアンダーソン君は実は世界を救う英雄「ネオ」であり、つまらん日常は全て「マトリックス」が作り出した仮想現実だった!という…実は超ありがちなストーリーながら、高速でカメラが被写体を回り込む「バレットタイム」などのケレン味を効かせまくって大ヒットした映画です。

 最初に読んだ時に主演のキアヌ・リーブス以外のキャストが全員「全く意味が分からん」と言ったこのシナリオは、確かにこれだけのヒット作にしてはありえないほど設定が複雑で分かりにくいものです。
 筆者は、こう言っちゃ申し訳ないのですが、ストーリーをちゃんと理解出来ていた観客は多めに見積もっても半分くらいだったのではないかと思います。

 では何が一番受けたかと言えば一つには刺激的過ぎる特殊効果でしょう。

 特殊効果といっても、分かりやすく目立つ意味でのそれです。かの「バレットタイム」がその嚆矢で、その後の映画で意味なく「えびぞり」が大流行したほどのインパクトでした。
 この映画が登場した時にはとっくにCGの技術は限界近くまで進んでおり、「ダイ・ハード」が実は特撮満載でありながら余りにも自然に画面に馴染んでいたために特殊効果賞がもらえなかったほどでした。

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 今では余り語られませんが、ボタン一つで新しい技量を身に付けることが出来る仮想現実の世界において、ブルース・リーそっくりのカンフーマスターになって殴り合う道場のシーンなどは全世界のボンクラどもを熱狂させました。
 ぶっちゃけややこしいストーリーだの設定だのはどうでもいいんです(言い切った。

 ラストシーンに至って、「世界を救うために」空を駆けて行くネオの勇士に勇壮なBGMがかぶって映画は終わるのですが、正に最高の幕切れでした。
 …ここまではね。

 その後に作られた映画は正に「蛇足」そのものでした。
 元々「マトリックスの作った仮想現実」の方がより本物らしく、「現実世界」ということになっているザイオンシティの方が絵空事に見えるという一大欠点は、映画一本分ならばアラも目立たなかったのですが、続編たる「リローデッド」

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「レボリューションズ」ではより顕著になります。

 あれほど緊迫感のあった「バレットタイム」演出も、予算が増えたお蔭なのか知りませんが規模がでかくった代わりに凄すぎてアホらしくなってきてしまいました。

 とはいえ、実はそんなことはどうでもよくて、最大の問題は「今の目の前のネオとしての現実」すら仮初(かりそめ)のものだったことが分かることです。
 既に何十回とリセットされた世界観だったんだよという衝撃の事実は、「それじゃあ一作目から続くあの話は一体なんだったんだよ!」と言いたくもなります。

 極限まで分かりやすい言い方をするなら「覚めない夢オチ」みたいな話ではないですか。

 まあ、要するに余りにも細かいことを考えすぎて「現実から一歩だけはみ出した幻想の痛快創作」というギリギリのバランスを保って成立していた世界観が「妄想だか何なんだか分からない悪夢」になっちゃったってことです。

 今もって「マトリックス」は人気映画ですけど、「リローデッド」「レボリューションズ」は“無かったこと”扱いにしている人も多いのでは?


 パラレルワールドやら時間遡行ものみたいな「多次元宇宙」「仮想現実」ものってこの辺が難しいんですよね。一歩間違えると、本当に何もかもどうでもよくなっちゃう。

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 「魔法少女まどか☆マギカ」が新鮮だったのは、あくまでも主観の軸足は主役の「鹿目まどか」にあり、「日常生活に突如侵入してきた謎の生き物に導かれた『魔法少女』という出来事」という

“大前提”

があったからでしょう。

 あれが最初から並行宇宙だの多次元宇宙だの、時間遡行だの果ては上位宇宙からの干渉だのといった「浮世離れ」した…というか「キ○ガイの妄想」一歩手前のお話だったら、多くの視聴者は全くついていけなかったに違いないからです。

 つまり、飛躍としては「日常生活」が「実はマトリックスによる作り物だった」程度の踏み出し方ならいいんですけど、今回の映画みたいに何一つ地に足の付いていない妄想の羅列みたいなお話では何が何だか全く分かりません。

 ベタに言うならば、ジブリ映画でいう「飛翔シーン」に相当するのは「緊迫感のある戦闘シークエンス」であり、「次々に明らかになる戦慄の真実」でしょう。

 これはテレビ版においては存分に堪能できましたし、正にそれこそがテレビアニメ「魔法少女まどか☆マギカ」が人気だった理由です。

 断言できますが、最初からあんな悪夢みたいなアニメだったらここまで人気になんかなっていません。
 エヴァンゲリオンが最初からあんな内省アニメだったら人気が出なかったのと同じです。何だかんだいって一番盛り上がったのは最も娯楽性の高い「破」じゃないですか。みんな「EOE」やら「Q」みたいな鬱アニメなんぞ観たくないんですよ!

 筆者はハッキリと意識しながら映画を視聴しましたので間違いありませんが、遂に映画「魔法少女まどか☆マギカ」においては一度も、ただの一度もあのド迫力の劇伴もエンディングテーマも掛かりませんでした。
 まさかとは思いますが、テレビ版を流用すると貧乏くさくなるから?
 元々完成度の高いBGMにそんなこと思うはずがありません。どうしても不安ならよりアレンジを加えるなりすればよかった。

劇場版 魔法少女まどか☆マギカ [後編] 永遠の物語【通常版】 [DVD]
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 正にそういう映画を観に行ったのに?そういうことなんです。言葉が過ぎるかもしれませんが羊頭狗肉とはこのこと。


 ならば「喝采シーン」に相当するのはどんな幕切れなのでしょうか?

 腹案はありますが、文字にして書いてしまえばいかにも陳腐です。
 キュゥベエが語る「この世の仕組み」が本当にそうなのであれば「ワルプルギスの夜」やそれ以降のより強力な魔女の到来による人類社会の崩壊は避けがたいでしょう。

 何よりも、魔法少女そのものが魔女への入り口に過ぎないため、魔法少女になってしまえばいずれも待つのは破滅のみ。

 要するにこの「前提」をひっくり返せばいいのです。

 それも、まどかやほむらも含めて全員が幸せになる形で。

 筆者の乏しい想像力では、ほむらが時間遡行者となるその更に前の段階まで世界そのものを引き戻し、マミさんやさやかたちが生存したままキュゥベエの到来しない時間軸に捻じ曲げてしまうこと…というくらいしか思いつきません。

 無論、そんな都合のいい展開をあれだけのダークファンタジーを見せつけられていながら素直に受け取れるかどうかは分かりません。
 そもそも人類はそうした貴重な「魔法少女 → 魔女」たちの犠牲の上に発展と繁栄を享受してきた(劇中設定)のですから、ここで一連の「魔法少女 → 魔女」設定を否定するのは、悪い意味で「いいとこどり」です。「やらずぼったくり」みたいなもの。

 だったら犠牲を払えばいいんです。

 記憶が残っているかどうかまでは決めていませんけど、まどかとほむらは単なる転校生と在校生として出会い、マミもさやかも杏子も生きている一か月前に戻ることになります。

 全てを無事に解決し、全て元通りになる…という理想のエンドです。
 その思いを共有できるのがほむらとまどかだけというのがちと寂しいですが物語の構造上仕方が無いでしょう。

 となると、必然的にキュゥベエとは永遠にお別れということになります。
 …ぶっちゃけ全く後悔しないどころかせいせいするわけですが、キュゥベエは嫌味たっぷりに言い放ちます。

「僕らに対する協力をあくまで拒むということは分かった。過去はともかく、これから先、この宇宙が滅びる瞬間まで君たち人類と僕らは永遠に接触を絶とう。その代り、その代償は覚悟しておいてほしい。母星はどうにかして地球に生息している君たち人類の様に“感情”を持つ知的生命体の探索にすぐに取り掛かることだろう。しかし、本当に見つかるかどうかも分からない。それによって確実にエントロピーは補充されない期間が続く。もしかしたら何百年、何千年と時間が経過してしまうかもしれない。その時、宇宙が滅びるとしたら、君たち人類も巻き添えになるよ?それはここでエントロピーを補充することを拒否した君たちの責任だ。更に言えば、僕らと接触を断ち、人類から魔法少女を出さない選択を取るということは、これから先何が起こるか責任は持ちかねるよ。これまでの人類が魔法少女によって獲得してきた進化も発展もストップする。魔法少女が犠牲になることで防ぐことが出来ていたどんなトラブル、天変地異や大規模災害が襲ってくるかも分からない。それでもいいんだね?」

…こんな具合に。

 当然、「そんなことは承知の上だ。失せろ」的なことをほむらは言い放ってキュゥベエを消滅させます。

 …まあ、映画的に考えるならば「ラスたち」(ラストの立ち回り)は必要でしょうから、

「これほど理想的なエントロピー補充が出来るエネルギー源をみすみす見逃せるか!これ以上の接触を拒否するというのならば、最後に人類を皆殺しにし、1/4を占める“少女”たちの断末魔の怨念を吸収して最後のエントロピー大補充をやらかしてくれるわあ!」

とキュゥベエが巨大化してムチャクチャな巨大魔女(怪物)となって、最終決戦です…ってキュゥベエはラスボスかよ!自分で書いててびっくりしますが。

 ここであのエンディングが掛かれば超盛り上がりですよ!ズンドコズンドコダンダンダン!!(重低音の表現らしい)

 どうやって勝つんだか全くイメージが湧きませんが、とにかく大変な苦戦の末に勝利します。

 いや、一応アイデアとしては思い付きはしますがややこしすぎるのでここでは割愛。

 ただ、貴重過ぎる「名前を言いながら放つ“必殺技”」を持つマミさんがいるんだから…分かりますよね。幾らでも盛り上がれます。
 この戦いの途中に於いても死んだか?と思わされたマミさんが血まみれながら目を剥いて後光を背負って立ちあがり、あのBGMの鳴り響く中「お待たせ」と決めつつ巨大銃を構える訳ですよ。

 こういう、「イェェェェエエエェエェ!!」とアメリカ人みたいに拳を振り上げさせてくれる映画であってほしかったなあ…。

 自らの命も顧みず刺し違い同然にキュゥベエを倒したまどかたちが、翌朝「色々あったけど、良かったね」と笑顔で登校するところで「コネクト」が掛かってエンディングテロップが流れ始める…これですよ。

 この頃のアニメでよくある「エンディングが全部流れ切った後にある小芝居」みたいなのは本当に迷惑なのできっちりやめときましょう。自己満足もいいところ。
 やるんなら「涼宮ハルヒの消失」とか「アベンジャーズ」

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みたいに「観ても観なくてもいいけど、観た人はちょっとお得な気分になれる」程度にとどめるべき。間違っても「バトルシップ」みたいにかなり大事なオチをエンディング後にひっつけちゃ駄目。
 エヴァの新劇場版なんて、エンディング流れ切った後に「次回予告」するんだから言語道断。…もっとも、エヴァ劇観に来る様なファンは誰一人エンディングテロップ中に帰らないけどね。


 まとめ

 こうした「意欲的な話題作」の劇場アニメ映画が面白かった試しがありません。筆者の貧相な映像体験においては。
 田舎者なので「劇場版 機動警察パトレイバー」は1も2も映画館で観られなかったんだよなあ…。あ、全く無い訳じゃないのか。それにしても少なすぎ。

 「まどか」の新作劇場版にはある程度覚悟をして行ったのですが「やっぱり」と言う感じでした。まあ「エヴァQ」に比べればマシだったんですが。

 何も毎度毎度歴史的な大傑作作れなんて言っていません。「シュタインズ・ゲート 劇場版」とか「劇場版 アイドルマスター 輝きの向こう側へ」

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みたいに、いい意味で「毒にも薬にもならない」純粋娯楽としてのアニメ映画がもっと観たい!観たいんだよおおおっ!

 …ってな訳で今回の愚痴は終わりです。
 劇場版は不満だらけですが、テレビシリーズは大満足でした。これはまんま「機動戦士ガンダム00」と同じ感想になっちゃうんですが。
 ともあれ、楽しませていただいてありがとうございます。





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この記事へのコメント

  • すげえ
    多分文句言いたいだけで書いたからなんだろうけど
    断言してる事全部的外れだ
    2017年09月12日 08:12
  • ブラックウッド

     お読みいただきそしてコメント頂きましてありがとうございます。
    2017年09月14日 03:09